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2013年10月3日木曜日


2013年5月9日木曜日

縁側のない家にて


生え始めた手と足と尾と頭を使って テトラポットが泳いだ 阿武隈川を オタマジャクシとなって

鉄橋は 暴走船に何回も輪姦されて 橋脚を空に差し込んだまま 生殖を忘れた狂女となって

日ノ丸への寄せ書きが毎日 朝日に照らされ 目の高さまで登り 雨に濡れカビが生え 夕日に消されてしまう

地元の漁師の習慣では北の沖に船で逃げるのが習いだが 今 船は波の頭から落ち 

次の波の壁が迫ってくる
生きて帰れねー 津波の壁に直進するしかない

抜けた先が泡風呂だった やっぱり違う世界だ
生きてるか 同じ泡星人からの無線が叫んでいた

生き残ってしまったらしい


(2013.5.9)



2013年3月19日火曜日

服喪のスートラ9 パノプティコンからの脱出



白いレースのカーテンが、部屋の入り口をふさいでいた。見方を変えれば、蜘蛛の巣状の網戸が出口をふさぎ部屋に閉じ込められた。枕もとの南側路地から「おい、おい」と顔見知りの死者達が呼んでいる。弟や友人や葬式で送った人ばかりだ。起き上がり窓にかけよった。人影は路地を音もなく移動しながら「今そのベッドまで行くからな」と西の入り口に回り込んでいるのか姿が見えない。あいつが侵入してくると厄介なことが起きる。現実のほうから、ずんと判決が下った。嘘嘘しい生暖かい夢の画面に粉雪を吹きかけられ剝き出しの右肩が冷え切って目が覚めた。汲み取り式の厠がにおい、出口のくもの巣はレースのカーテンになっていた。

散歩から帰ってみると西側の物置が吹き飛んでいた。骨組みだけ残して、壁のあったところは曇り空が覗いている。母屋に入る引き戸が、外れていた。その半開きの隙間に、にじり寄って中に入った。十人ほどの乙女がインドの絣を着て正座していた。中でも目立ったのは、お雛様のような「顔が命」の童女だった。一礼して全裸で童女に襲い掛かった。服をはいだ。童女の口紅がはげ、のっぺら坊の勾玉の陰陽模様、あるいは水銀の玉かルドンの目玉のようになった。ペニスはその円陣の中にナイフとなって突っ込んで行った。童女のその光る眼球へ射精した。時が一瞬メビウスの輪やクラインの壺のラビリンスを抜け、糞のように出てきた。陽と陰が、水母の体中でおたがい反転しながら包みあって揺れていた。春が近いのだろう。

ポッポは母のベッドの下に住んでいた。ベッドの下には昆虫やゴキブリがうごめき、耳には触覚の生えた昆虫が侵入して、バリバリ家ごと食い尽くすような騒音がした。母と義父の重みでベッドがギシギシきしんだ。義父はポッポにしたことを母にもしているのだ。いや逆だった。母にしたことをポッポにもしたのだ。60年代ポッポは母のベッドの下にバリケードを築いた。それは義父へのバリケードでもあったのだ。母が目をむいてポッポをにらみつけた。母のベッドの下、ここには逃げ込みたくなかった。だがそこしか居場所が無い。義父は母が銭湯に出かけるたびにポッポを犯した。部屋の隅で猫がじっと見ていた。でも生まれたという悲しさは消えなかった。母が銭湯から上がってくると、ポッポはギシギシなるベッドの下に戻った。

ベッドの下で、生ぬるい体液をかぎながらいつまでも眠った。母が花魁の髪結いをしているころだった。花魁たちにはよくポッポにヒロポンを買いに行かせ。娼館でかくれんぼをしていて、帰りそびれた客と居残りの花魁が布団の中でもつれている部屋にも飛び込んだ。母は、やり手婆アとも呼ばれ羽振りは良かった。しかし斜頸のため結婚はあきらめていた。闇で客を取って小遣いかせぎぐらいしたっておかしくない。それで、今のポッポがあるということだ。「なんて自然な成り行きだろう」ポッポは思う。母が義父の二号になったのはポッポ10才のころだった。本妻と同じ浅草の住所に美容院を出させた。母とロリータ役のポッポを住まわせた。義父の経営する会計事務所の職員だって何もかも知っていて、いつもポッポを見ては薄ら笑いを浮かべていた。美容院の親しい客が母に忠告したそうだ。義父が酔っ払って大声でポッポを自宅の空き部屋に呼び込んでいた」と・・。母が閉経し、セックスをこばみはじめた。義父は鞍替えして、また若い女を作り隅田川で入水心中して太宰みたいに土左衛門となって本妻の元に戻ってきた。本妻がポッポと母の美容院に怒鳴り込んで、慰謝料を請求した。借地権をめぐって本妻との間で裁判が起きた。その和解が決まりポッポの生活の見通しが立った次の日家へ帰るとは母は一人首をつって死んでいた。母をもてあそんだポッポの父と、義父とその本妻とポッポにまで腹を立てていた。あのときの母は朝起きて寝るまで顔を向ける場所が無かったんだと。「だから、わたしは自殺するのだけはいやなの」ポッポは月男に訴えた。

駆け落ち心中など、粋な話はひとつも無くトルコ風呂化への道をひた走り、人買いの怖いおじさんもネクタイを閉めて裏道をこっそり歩いていた。テレビの「おしん」に引き換えて吉原の昼間は華やかで明るすぎた。ただただヒロポンで日を送る花魁たちは、客の取り合いで激しく罵り合って殴り合っていた。心中こそ例外なのだ。遊女だって顧客第一主義で競争してセールするのだ。土方巽が舞台を陽炎のように犯しながら通過していた頃だ。

ポッポは「強姦されても私の生きている悲しみは消えなかった」訴えて月男に自分を殺してくれるように頼む。そして次の日二人の旅はビルの地下室から5階の殺害現場へ、さらに屋上へと続く。5階で変態グループが四人殺害されている。それを見せられた後でもポッポの死にたい気持ちは変わらない。「こいつら豚だ、おれに変なことしやがって、殺してやった」月男はポッポにナイフを握らせ死体を力任せに刺させる。でも、もともと突き刺したところに生命は無かった。「私を殺して」時代はシャロンテート事件の後、オウムの大量虐殺、連合赤軍の総括のまえであった。フリーセックスやフラワーチルドレンが表れたとたんに見えてきたのがカルトや、ポアや総括という仲間殺しであった。月男は、性的虐待をした変態グループの男女四人を包丁で殺害する。そして屋上を乱交パーティーの場として使っているヒッピーたちを「ただ嫌いなだけなんだ」と皆殺ししながら歌う。

「これあんたの歌」「そう俺の歌。でも、もう歌うの、よしたよ。あんたに聴かれちゃったからなー。もういいんだ」「ほんとに死にたいわけを言えよ」「わたしは人を殺したいから死にたいの」そしてしばらく絡み合う二人。「こんなの俺苦手なんだ」「漫画の本読みたいな」「わたしも。は、は、は、」ポッポは手すりに手をかけ振り返り「愛してた!」 といって飛び降りた。月男は屋上からポッポのあとを追って身を投げてしまう。若松孝二監督のそれには浄土はない。ただ二人の死後に私立大学の掲示板に張られた「親と子の話し合いのある暮らし」「シンナーをすうのはきけんです シンナーをもてあそぶことはやめましょう」という防犯ポスターの薄っぺらい軽さだけだ。観客は劇場空間に宙吊りにされる。その瞬間。この映画の起動装置が爆発する。その爆風で青春を終える観客も多いだろう。「君の青春は最悪で底抜けの『これだ』」と告げているのだ。釈迦はあるとき弟子達に性欲をおさえる修行をさせるために、バグムダ―河畔の墓地で、死体が時間とともに朽ち果てていくのを定点観察させた。骨の隙間から内臓が覗き見え、それに蛆虫がたかり、野犬に食いちらされ、白骨化してゆく。修行者の中には、この墓場の女体をみて夢精しながら覚醒したという、正覚者ラージャダッタ長老もいた。かれはすぐさまその場を去り寺に戻り禅定に入ったというが、それは例外であった。そこに留まる実習中の比丘の中には、沙彌とよばれ年端も行かぬ見習いも多かったのである。肉体の汚れそのものを厭い、生きることへの疑問、生きて今あることへの不信を訴えて集団的うつ状態になり。次第に僧同士の会話がなくなり、意思疎通が困難になり、一人ひとりが孤立し疑心暗鬼に陥りはじめこの世の地獄を見る。「仲間が自分の命を狙っているのではないか、自分も今観察している死体のようになる。それも将来でなく今すぐそうなってもおかしくない」その不安や不信から自分を守る最後の手立てとして、人を殺さないために自殺者も出た。やられぬうちにやるしかないと追い詰められた僧もいた。自らは戒律により殺生できないので外道の行者に頼んで、仲間や自分自身を殺させた。衣や鉢を報酬として行者に与えてしまう思考停止状態の比丘も現れた。

そのうち外道の中には「自分は悪魔にそそのかされてはいるが、良いことをしている」と思いこみ「修行者の修行を完成させるため」と自分を納得させて、バグムダー河畔で殺人を請け負う者が現れ。さらに犠牲者がでた。ここまではチャールズ・マンソンファミリーの殺害や連合赤軍の総括、オウム事件になんとよく似た出来事だろう。釈迦も慌てた。修行の内容を死体定点観察から呼吸法である数息観に変え、殺人をしたり自殺を勧めたりした場合、出家者としての身分を離れなくてはいけない極刑、破門を定めた。この戒を犯したものには、その殺意の有無によってその罪を厳密に判断するようになった。そしてよく話題になる死後の世界に対しては、頑として口をつぐんだ。如是我聞にも「無記」として死を賞賛したり、勧めたりすることも罪と取り決めたのだ。考えることと行うことは同じことだとした。チャールズ・ホイットマンと、マンソン・ファミリーが、スーパーマーケットのゴミ捨て場からあすの食べ物を、調達して眠りに付いた瞬間。オウムが立候補した瞬間、連赤の共有財産であるはずの赤ちゃんが警察に保護された瞬間、月が太陽の中に溶けてしまった、死が欠け。自由という牢獄。ドラッグという虚無。死が欠けたままの、集団的うつ病。

「ポッポや月男のように、本当に屋上から自分が飛び降りなくては、何も始まらない」葛藤はいずれ、鎮火させなくてはならない。可能性とは、欲望を外に向かわせない状態のことであり。あるものがあるべきところに収まるには、放火や親殺し子殺しもあるだろう。それを認めた上で、長い道程が必要なのだ。それはドラッグの旅にも似てるだろう。臨死体験にも似てるだろう。人は死ぬとき観念する瞬間がある。白いレースのカーテンが屋上の空を覆って、屋上の病室は患者を満載して臨床実験をしていた。月男の飼い犬が袋小路にまよいこんで二階のベランダから飛び降りたことがあったが、前進しかできない細い穴に嵌まり込んだその犬が自殺したとはどうしても思え無い。犬も観念したのだ。



欠落、劣等、優越も充実もなく空洞のホースなのだ。生きていることが、遠い星からホースの中を流れ去り、また忍び寄るようだ。月男はどこかの街角で殺される。殺すのはポッポだ。散々うそだらけの身の上話を吠え立てて。男漏取風階段を下りた数奇屋造り、井戸端の暗闇で、お茶碗かいて銜え、これが冥土の免罪符と、寺のかね三つ四つ五つ数え終え。「おいそこの照明さん。死体の落下地点に屋上からスポットを当ててよ」声帯の微動は電信柱の電圧器に確かめられ、未明に溶け込んでスポットライトの光となった。茶碗のかけらは地のはてにまで延びて行き、三千世界の地層となり。火山灰となり唇そのものがペットボトル化し、飲み込み口になって中身の空洞ホースに繋がっている。そこにすっくと立ち上がるのは、大理石の男女の二体、番ったままに転がり、天空を覆い海に波紋を投げかける。

脳の無い樹木宇宙を数えるのだ。少女ポッポが全裸でこちらを振り向いて、月男に「愛していた!」ぎこちなく笑っている。月男は「ママぼくでかける」声に出して特別養護老人ホームのママに向かって呟いた。
ブリキの王冠めがけて殺到し登場人物が揉みあうとき。「やめろよ。人に見つかるじゃんか!」「うるさいよ」「だってお前は二人も殺したし明日の朝まで静かにしてくれよ。人に見つかったら大変だ」「何が大変なんだ」「だって俺達も巻き込まれるジャンか」「巻き込まれる! 静かにしてやるよ。おまえなんか静かにしてやる。眠らせてやる」見ろ。器官の無い体たち。後生大事な主体性を奪いはじめてお互いの自由の檻をナイフで引き裂いた。無常とは胸から吹き上がる血の事。屋上よりの落下でホース内の鬱血が疼いて来る。ホースの中身を空っぽにせよ。1969年の事でない「今ここの事」。

(2012・11・30)

2012年7月27日金曜日

スートラ 2
Attack.C. Sound composer Shimpei Kikuchi



施設で使い残したスプレイの清拭きシャボン
ずっと枕元で剥きつづけている 固いネーブルオレンジ
その歯並びの正しさ
アンダルシア産バージンオイル塗った
岩魚 滝を登って水に溶け

(2010・4・4)

2010年4月15日木曜日

服喪のConte4 「眠り姫」のなりそこね達



裏庭で
「ユズの大ばか18年」が、今年初めて実を付けたところでした。
「はい、杉の木になってちょうだい。森の杉だよ。春、花粉をぼたぼた落としている奴さ。はい、その杉皮をいまさわさわ洗っていくからね」
父にそう言われて、背中をピンと伸ばしたマサルが、湯船を見るとユズの実が三つのんびりふやけて浮かんでいました。
裏庭から、もいできたのです。
マサルが生まれた記念に植えた苗でした。それが実を付けたのです。
ユズの湯船に入るとその年は風邪をひかないそうです。

なんて、いい香りの実なんだろう。
葉っぱのとんがり帽子を冠って。ところどころに白い小粒な花びらのふちどりが付いている。マサルが
「あなたは誰あれ」 と聞きますと
「マサルと兄弟のように育ったわたしを忘れたの。初めて実をつけて一人前に空を飛び回れるカオリの一族になったのよ!」 
だいだい色の顔を上げ
「天の川にもこんな花びらが一枚浮かんで見えることが、いつかありましたね」 花の縁取りを指差して言いました。
「君はそんな遠くまで飛んで見て来たの。ぼくは、御殿場が精一杯さ」 マサルは言いました
「マサル、その遠い花びらの芯が今チカリと光りました。星が生またのです」 
ユズがそれに気がつくのはかならず新しい星が、生まれた後の事でした。カオリの体ごと溶けてしまいそうな気がして、まともに見たことはありません。
「マサル! 寒がってばかりいないでたまには外に出て星空を見あげてごらん」 ユズはつぶやきました。

「マサルが御殿場にいて留守だった今年の二月この下町に大雪が降りました」 ユズは話始めました。
隣の安部駐車場ではお客様が滑って転んで怪我をしないように。慣れない雪掻きをしましたが、しまいには雪だるま造りのほうが目的になってしまって目にするタドンや、口や鼻にする炭を探して路地裏を駆けずり回りました。
デパートの松葉マークが消え、街の賑わいまで、深い雪に吸い込まれたようでした。
大雪の重さで落ちたカワラ屋根がありました。
わたしはカワラに近づいて
「カワラが空を飛ぶなんて! 昨日は大変だったね。けがはなかったかい」 と、聞きました。
「あのどか雪めが! 弾き飛ばされちゃって、面目ない。あっはっはっ」 カワラは雪の枕に俯いて笑いました。
「君はあの屋根へ、いつ戻るの」 
わたしは覗き込んで聞きました。
「誰かが庭の隅に並べてくれたが割れてしまえばそれでおしまいさ」
屋根にはところどころ穴が空いて、中からブツブツ文句が聞こえてきました。
覗くとそれは昔山奥で花粉を降らせていた杉でした。
「君はずいぶん長い間カワラの下の真っ暗闇にいたよね。ほうら! ユズだよ。忘れてしまったかい」 
杉は考え込んだ後
「そりゃー、おいらは穴の中でカワラを支えて眠ってばかりいたさ! 見てた夢までは、忘れてしまって説明できないがね」 
まぶしそうに答えました。
わたしもカワラも杉も自分の姿と、他人を、見比べました。
そんなわけで、カワラも杉もわたしも、しばらく、自分だけの思い出に、閉じこもって、黙り込んでいました。

次の朝じか足袋に白いダボシャツのおじいさんが、家を覗いて
「こんな手入れの悪い屋根なんてないよ。ばあちゃ、寝込んでいるようだけど82じゃ、わっしより10才若い」
庭から声をかけました。
「92で、屋根にのぼる! やめとくれ!」 
家の中から、おばあさんの声がしました。
「危なかぁない。あっしゃ、この屋根を50年前葺いた屋根職人だよ。14のときから登ってる。こんな屋根は見過ごせねえ。二、三日したら支度して修繕に来るよ」 
ひびが入った壁の隙間から、雪が溶け出して壁が崩れ。風にあおられた塀が隣のアパートのガラスをかすめ。庭の物置小屋に体当たりしていました。
杉は雪どけ水で頬を膨らませました。おじいさんは痛んだところに手を入れて触れていきました。
わたしは乾いた空気を杉のふくれっ面に、吹き掛けました。
杉は森で育った頃と同じ干草の懐かしい香りを浴びて気持ち良く目を細めました。

次の日、風もやんで脛にゲートルをきっちり巻いたおじいさんと、ジーパンの父さんが屋根に這い出しました。おじいさんは天辺で足場を決めてしまうと
「父さん! 断らないよね。6日間で、出来上がりだ」
父さんはそこにへたり込むと肩を落として
「ここは立ち退きが決まっているんだよ。来年には建物も庭も取壊され取り上げられて、誰も帰って来れない更地に、されちまうんだよ」
「父さん! それなら飛ぶ鳥跡を濁さずだ!」
おじいさんは、父さんの肩を強く叩き
「このカワラは製造中止になっている」 
カワラを大事そうに撫でました。
「それで穴の中のおいらはどうなるの。全部直った後のことだけど」 杉はぼやきましたがどこからも返事はありません。
おじいさんはもう物置小屋へ、飛び移っていました。
わたしは、杉から
「まわりが仲良くお祝いしているとき。杉だけが、仲間外れになるのは、なぜ」 と言われたようでした。
「注意! ペンキぬりたて」
「これで、カワラを乗せれば出来上がりさ」 
おじいさんの弾んだ声がしていました。

その夜、わたしは杉のまわりをもう一度「ふうっ」と、ひと吹きしました。
杉は
「君って意地が悪いなあ。何も見えない真夜中に生暖かい風を浴びせ掛けて急に夢から起こすなんて」 と言いました。
わたしは今、生まれた星の事を杉に伝えたかったのです。
ぶるっと身震いしただけで、言葉はうまく出てきません。
「ふん、どうせおいらはすぐにカワラに塞がれる身なんだ。いまさら何かを見る元気なんかないね」 
杉は眼をそむけました。しかし目をそむけた先にも同じ、星空しかありません。
わたしはこの時とばかりによい香りを放ちました。
「思い出したよ。この君の香り! 君は、明るい昼間だけ、おいらのそばに、居たんじゃないね。18年も、家族みたいに一緒だったんだ!」 杉は言いました。
夜空が、幕を開けたスクリーンのように全方向に広がり、杉も、ユズもしっかり繋がりました。

ユズが、そこまで話したとき、父さんに、大人しく洗われていた杉の木は、突然、マサルに戻って立ち上がって、風呂場から飛び出ていきました。

次の日の明け方、マサルは、ユズの香りの、シャボン玉に乗って東空を目指して飛んでいました。
ユズは、スポンジのような柔らかな胸でマサルを包んで、別れのしるしに、真っ白で小粒の花びらをキャップから抜き取るとマサルの髪に刺しました。
マサルは髪の白い花が、枯れないように、裏庭のユズの根方に埋めました。
ガラスのカケラで蓋をすると中に白いカオリの靄が上がり、花びら星雲の芯がキラリと瞬きました。
土をかけ花の墓場を踏みました。
もういちど夢にもどって飛ぼうとしたときマサルの目の前で、なぜかこの家全体が炎に包まれ燃え消えてしまうのでした。

目を覚まして湯船を覗くとごしごしこすって爆ぜてしまっただいだい色の実が三つ浮かんでいました。
冬休みはもう終わっていて、御殿場へ帰る日になっていました。      

(2009・9・15)

2010年4月14日水曜日

服喪のConte2 オルゴールの行方



12・19

戸口で
「トントンですよ」 と言って中へ入った。
「おや!マキリ君、お盆に会ってから半年振りだね。自閉症の施設から何時帰って来たのかな」 御茶ノ水のおじさんは聞いた。
「いまからです」 ぼくは何処かに、何時がいってしまわないうちに、今に間に合わせるように大急ぎで答えた。
「ところで今年いくつになったのかな」 御茶ノ水のおじさんは通り過ぎる豆腐売りを呼び止めるように聞いてきた。
「21才9ヶ月と12日です」 ぼくは答えた。
「へえー詳しいんだね。時々考えるんだけど。マキリと暮らすのって難しいなあ。その詳しすぎるところが結構、厄介そうなんだ。まずマキリと、どうやって暮らしの相談したらいいの。朝起きて顔を洗っていろいろ一緒にやって寝るまでの事、それから起きるまでの事も、筆談でやるの。漫画で約束するの。それってとっても時間が掛かってそうこうしているうちに俺なんか死んじまうよ」 おじさんはお酒を飲みながら言った。
「納涼大会はありますか」 隙を見てぽつりとぼくが聞く。
「夏になると形だけあるけど、今じゃ、担ぎ手がいなくてね。お祭りのおみこしもトラックに載せて引き回すんだよ。町会に引っ張り出されるけどボランティア気分だよ。本気で踊ろうとは思わんよ。今じゃ。」 ぼくはおじさんの答えを無視して
「踊り踊るなら、ちょいと東京音頭、よいよい」 踊りながら出窓に駆け寄ると窓枠に腰掛けて、そとへ身を乗り出して、やる気のなさそうなおじさんを振り辺った。
おじさんはぼくに体当たりして突き飛ばすと後ろからしがみつこうとした。
「ちょいと、飛び降り音頭、よいよい」 ぼくはさっと身を交わしてソファーに戻り大声で笑った。
「やーまたおじさんをからかったな。驚かさんでくれ。『まったく、マキリにあっちゃ冗談にでも死んでなんかいられん』マキリの前ではそういうことはめった口に出してはいけないね。まともに受け取って真顔になるからね。これからという青年の前や自分が生きている間はめったに口にしてはいけない言葉だね。サヴァン症候群の青年にまた一本とられた。俺を試したな。アハハ」 ぼくから手を離してぽんぽんとはたいた。
ぼくは別におじさんを驚かそうとか試そうとしたのではありません。
今年のお盆休みのときここへきてアルミ格子の出窓から覗いた時、めずらしい日照り雨がニコライ堂を横切って行ったのをもう一度見て確認しておきたかったのです。
日傘の婦人が雨の中、自分の影をそのまま飼い犬のようにつれて歩いてふっとぼくを振り仰いだ。ぼくはその知らない人に手を振った。ポプラ並木の葉裏も新築ビルのガラス窓とぼくに向けて一斉に振り返ったような気がした。
今が過去になって行く瞬間に立ち会ったみたいだった。
今日はそれがうそのように曇って灰色の単色で、枝は凍ったようにとげとげしく空を指し、人っ子、一人歩いていなかった。
気が付くとおじさんはいつの間にか一人芝居みたいになって
「晩年は俺、金を払って他人に看病してもらおうと思うんだ。ウンコまでとって面倒見てくれる人なんか居ないもんね。シェーン」 犬に当て付けがましく言ったところでした。
「娘さんの麻貴ちゃんが居るじゃない?」 誰かが応えた。
「あ、麻貴。それは忘れてた。今アンデスの天文台で宇宙人を探してる」 御茶ノ水のおじさんはお酒を忘れて、今日始めて笑った。
ぼくがここに来るたびおじさんは変な事ばかりしている。
熱帯魚の水槽に釣り糸をたれていたり、シェーンをバリカンで刈り上げていたり。おかげでシェットランド犬シェーンは間抜けなライオンみたいになった。
おじさんのやることでよく分からないところは、見ても見えない振りをしてやり過ごした。
ぼくは黙っておじさんのへんてこりんな話とか、やっている事を一旦全部飲み込んでしまう。
真正面から笑ったり質問したりないで、そっぽを向いておじさんの話の中身をだんだん忘れていくほうが、その場が長持ちするような気がする。
今日のおじさんの話も、そっぽをむいたまま聞いていたが、ぼくなりに繋げて整理すると
「屋上に鳥を放し飼いしたな。という結論になる。お話の終わりごろでぼくを驚かすつもりだな!」 と直感した。その証拠におじさんは
「そんな屋上の風景に長居しすぎたとか。その鳥! 本当は飛べなくて風に吹き飛ばされてばかりいるんだとか。これからは共同生活をして飛び方を覚えるんだとか。だが卵は星と同じで、いつでも生まれているんだとか」 と何回も言ったからです。
「間違いない! おじさんの星空では星がいくつもうまれている、丸見えの屋上では、もうコーチンを放し飼いにして卵をいくつも産ませた。共同生活では卵をいくつも産ませなくては生活が長持ちしない。自給自足、つまり産むことを中心に話を進めているのだ。その勢いは並大抵ではなかった!」 という事になる。
「コケーッ、コッコ、コッ」 お酒で頭がふらふらするおじさんの上をいつも、コーチンがバタバタ飛んで肩に泊まりに来る。
おじさんが隠し事をもっと奥に隠すように、奥さんに知らん顔で湯飲み茶碗に注いだビールを飲む姿に笑えてしまった。
ぼくには丸分かりなのに、奥さんはわざと知らん振りをしているのだろうか。おじさんは
「こりゃーだめだ。マキリはこちらの話をぜんぜん聞いていない。全部無駄ばなしになってしまった! せっかく皆の老後の事を本気で考えているのに」 と残念そうにぼくを見つめて、もう一口ぐいと飲んだ。
そして、やっぱりぼくを屋上へ連れて行った。
ぼくは、おじさんの話をこんなによく聞いて、無人の屋上が卵だけでなく鳥という命まで宿したのも見抜いていたのに。
「おじさんは自分の言いたいことだけを分からせようとするだけで、本当のぼくの事を聞いてくれない」
と思った。
屋上へ出ると居た! 居た。アヒルが三羽ガアガア鳴いて出迎えてくれた。
「コーチンのつもりがアヒルとは?」 ぼくが言うと
「あれ! あれは大失敗で、誰にも言わなかった。コーチンの事。どうして君は知っているの。コーチンは二百十日の嵐で吹き飛ばされ行方不明のままさ! その点アヒルは重くて飛べないから一番屋上向きの飼い鳥なのさ」 打ち明けながら照れくさそうに植え込みの中から大きなアヒルの卵を三つ拾い上げ
「触ってごらんよ。まだあったかいよ。老後は若かった頃の仲間同士で鶏とかアヒルを放し飼いして共同生活しながら、のんびり映画製作でもしたいもんだね。アヒルはちょっと同居するには喧しすぎるかな」 そして、そこにはいない映画のスタッフに言った。
「音響係の菊池君。なんていうかなー。同時録音のときアヒルの鳴き声がいつもしていたら邪魔で絞め殺されるかもねー」
「・・」
「それにしてもいやなことばかり続くねえ。その同居予定の平野監督は昨日、自宅で火事を出して今は集中治療室で面会謝絶だし。監督が火事を出したんじゃ。若い頃から細々続いてきた映画製作の徒党もこれで解散だ。浜松の宮口あたりをアジトにして第二次ヴァン映画科学研究所を計画してたのに。火事じゃね。
やる気なくなるよ。皆バラバラになって俺達これからどうすりゃいいの。浜松のおれの親父も、もう長いこと無い。マキリの父さんだって浜松の母さんが死にそうなんだ。博打打ちの弟、繁も二日に一回の透析で両足を何時切断されるか分からない。俺だって、転地療法とか女房にだまされてアルコール依存症の施設に閉じ込められそうだし。俺たち一体これから、どうすりゃ良いの?」 おじさんはぼくに話しかけるのをあきらめ他の誰かに聞いた。
アヒルは自分の体が重すぎるのか、人間に興味を失ったのか立ち止まって目を瞑って眠った振りをしている。
「産みたての卵を、三つも盗まれたのに平気で眠ってしまうなんて、なんてのんきな性格だろう」 屋上から4階のおじさんのベッドルーム兼応接間に戻るとテレビには、星が生まれるところや消えるところが写っていた。
このビデオを見て、おじさんが屋上で鳥を育てたりキュウリを植えたりする気になったのがすっきり分かった。
それと麻貴ちゃんが、アンデスで円盤や宇宙人が見つかったかも気になっていたのだ。やはり親子だ。
横にはエメラルド・ブルーに照明された水槽があった。
吹き上がる泡粒に押された熱帯魚の橙色のコリドラスは、おじさんが屋上に行くたびに増えていった。

12・20  

ぼくは花川戸に着くと、ベッドから顔を挙げお年玉の袋を差し出したババに
「ただいま」 そっけなく言って、押入れ金庫のオルゴールへ直行した。
夏休みからわざと置き忘れておいた、お年玉より大事な宝物が待っている。
作り方は簡単ではない。まず世界大百科事典のページをぱらぱらと嗅ぐように見ながら、ドッグ・イヤーに舌を当てて濡らす。それを天日に干して、カリカリにかわかす。
乾くまでの休み時間に、洋バサミと、大中小のお皿、鉛筆を使って色紙をドーナツ型にくりぬく。
使用ずみのてんぷら油に、大中小に切り分けた色紙を、草木染めをするように箸を使って何度も丁寧に浸す。
百科事典のページごとに大中小のドーナツ型色紙を漬物のようにはさみこむ。
チキンとか茄子とか鯵のエキスがドーナツ型色紙に良くなじんだところで、百科事典から取り出してもう一度日に干す。(今度は休み時間はなし。もんじゃ焼きやカルメ焼きのように急に出来上がるので目が離せない。ドーナツ型の色紙の仕上げは干し芋ぐらいの乾き方がちょうど良い。
色彩の温度は、日向から日陰に移ったように下がり、華やかさが何処かへ飛んでしまう。
それをオルゴールの闇に密閉してしまえば出来上がりだった。
ぼくはオルゴールの暗闇に近づくとどきどきした。
振える手でドーナツ型の色紙を光の中に取り出し、形が崩れていないので安心した。
葉巻のように匂いを嗅いでみた。半年前作ったときと同じ桜海老のかき揚げの匂いがそのままだ。
格子戸から覗くように、五本指をかざしその隙間からも覗いて見た。ドーナツ型の色紙は指と指の隙間で、四等分されていた。
それが風を受けた鯉のぼりのように、下に向けて身体をくねらせたようだ。
手を揺すると、四匹の鯉のぼりはゆらゆらと目の前を泳ぎ始めた。手のひらの左右の波動は風のある空をかきまぜて、鯉の目が金色に光った。
鯉の口からも、金箔の泡が立ち、光って指の間をすり抜け空へ上っていく。
ぼくは、太陽に向けて、手のひらだけをかざして激しく揺すってみた。
手のひらが向いたところにあるものは一度くだけ散り。
見えなくなった後、おびただしい数の光波となって網膜を襲ってきた。
その勢いは歳月を掛けて育った根っことか、蔓のように、しぶとくぼくの目を覆っていった。
そして蛸のように目の裏側から全身に吸い付くと、ぼくを内側から食べていった。食べられながら快く痛かった。
立とうと思わなくても蛸足のような根っこと蔓に支えられて立たされている。
「ぼくは牛の胃の中で溶けていく草と同じだ! 第一の胃から第二の胃へ溶けながら旅させてもらっている」 
ぼくという草は輪郭が見えないという不便さはもう無くなっていて、空や太陽のような大きな物に向けて頷き溶け込む運命のように伸びている。
大事なのは目がなくても数世紀先が見えている実感。無いものが見えると言ったらいいのだろうか。
マッチをする音が体の中でしたかと思うと、ミラーボールが三つ、頭の上で回りはじめた。
お互い照らしあっているのだが、中心が太陽のような、見つめることができない空洞だ。
ぼくが作ったドーナツ型の色紙がオルゴールから飛び出して、ミラーボールになって回り始めた。
オルゴールの音がしてきた。くらくら目眩がするほどあたりが輝いていた。太陽の印象が黒い斑点となってあちらこちらに残ってしまった。

気が付くと薄暮の底なしの空だった。うっかりしていると動物や人が吸い込まれてしまいそうだ。
それを突き刺す勢いで避雷針がデパートの屋上で起立していたが、どうしても届かない。吸い取り紙のような深い天だ。
アパートの一室から、毎日のコーランの祈りが聞こえてきた。背広姿のアラブ青年が今日も尋ねてきた。
しばらく中年の太ったおじさんの嬉しそうな声がしたが、すぐコーランの合唱になった。六畳に10人はいるだろう。
それが幾日か続くと、塔を備えたモスクが、ぼくの夜の夢に湧き出るようになった。
でも昼間、上野まで散歩をしてもその塔にはたどり着かない。
明け方ぼくの夢へお隣のコーランの合唱が忍び込んで、テレビとぼくが合作したモスクが出来上がって見えるまでに成長していたらしい。
弁天山の鐘が朝六時を告げるとカラスだけでなくスズメ、時にはオナガが大げさに鳴きながら庭を覗く。
アパートの屋根を、野良猫親子が伸びをしながら横切り。その猫に庭から犬が吠えかかり。
バイクの音がして新聞が来るころ、決まって、遠くからかすかな豆腐屋のラッパの音がしてくる。
きょうはそれを乱暴に打ち消すように救急車の音までしている。
今日も隅田公園で凍死者でも出たのだろうか。
不吉な合図でいつも浅草寺界隈は、お祭り騒ぎへ巻き込まれて行く。
ぼくはみんながまだ寝ているうちに起きだして、庭に出してある白いテーブルの冷え切った椅子に座った。
「この家も、引越しの後なくなるのかー」 誰にも気付かれないように、すばやくここが火事になるのを想像した。目に映ったままをはっきり目の裏に定着し、すぐに消してしまうのだ。そう無声映画のコマ落としのように。
夏の丸テーブル下にあった、蚊取り線香の煙が、記憶を大きく巻き挙げ、冬の焚き火の大きさになり、ドンド焼きになり、とうとう平野さん家の火事になり、平野さんが二階の窓からネガフィルムの丸いブリキ缶を投げ出しはじめ。コマ落としは早い。ぼくの家に飛び火して煙に包まれて燃え始めた。テレビの戦争ニュ―スも手伝って想像力が勢い付いてきた。
消防自動車が路地裏に入れないで、松屋を取り囲むように集まってきた。ヘリコプターも左旋回して10数機も来ている。
家族全員で二階のベッドのババを担ぎ下ろした。
そのときババの白髪がパッ、パ、パ、バクダット上空のように光った。
父と母は部屋に戻るとテレビ、たんす、ホース、縄、フィルム、映写機をリレーしていたが間に合わなくなって平野さんの真似をして、窓から投げ出し始めた。
そのうち家中に火が回り、一人で立っているのさえ難しくなって、二階の窓から母の跡を追って父が火達磨になって飛び降りた。
弟のゴリも妹のユカもまだ寝ているはずなのに。
一度も姿を見なかったのは、想像しなかったぼくが悪かったのか、まだ眠っていた二人がうっかりしていたのか良く分からない。
消防士が行方不明者を探して、小型のゴジラのように家を上下左右めった切りにしていた。
火が収まってからも、出動したからには、入口から出口まで伽藍洞にしてやるぞという勢いで壊した。
瓦礫が積みあがり消防士がその中へうずもれて見えなくなった。ぼくだけが何事もなく丸テーブルの前で助かってしまった。
オルゴールを抱きしめて「ぼー」 としていると、一緒に燃えたはずの東側の手すり越しにアパートの寅さんが、ひょっこり顔を出して
「マキリ。おはよう。コーヒー飲もうか」 知らん振りをして言った。
「一人に気付かれてしまった」 ぼくの目線が、物干し竿のハードルに引っ掛かって、寅さんに伝わっていかない。
だから寅さんも、ぼくに何か誤魔化されたと思っただろう。
40才の年の差は一瞬なくなって、寅さんは物干し竿に咲いた塩の花のように浮かび上がったが、凄い勢いで錆びて皺だらけになって消えてしまった。
その隙間に生暖かい朝風が吹き込んできた。
焼け跡の灰が平野さん家の方からまっすぐ飛んできて
「つーん」 と臭った。
御茶ノ水のおじさんが言っていた徒党が、穴倉で火事を囲んで酒を飲み、海賊のように自分勝手に手に入れた、スリルある獲物の自慢話をしていた。
ぼくの想像が終わって気付くと、父と母は寅さんが淹れたコーヒーを、何事も無かったように飲んでいた。
「私、寮の管理人になって就職したでしょ。だから生活保護は打ち切りになってしまったのよ。でもマキリの冬休みの期間にあわせて、休暇を取ったの」 寅さんは寮に管理人室があるのに、理由をつけては毎週花川戸のアパートに帰ってくるらしい。
これは引きこもりの始まりではないだろうか。
ぼくが御殿場へ帰った後、職場へは復帰出来ないのではないか、と思った。みんなは火事を見ていたかのように、立ち退きの後の生き方を探る虚ろな目をしていた。
唯一、たしかなのは、吸い取り紙のような青空だ。
家とアパートの境を見ると地境の木杭が打ってあった。最近測量が入ったらしい。10年前は隣の旅館と家の間は
「泥棒通り」 と言う路地裏になっていたそうだ。
借主が代わるたびにその路地が消えていき。
誰のものでもない「石蹴り遊び」のときのような飛び地となってしまったらしい。
公図を見ても番地すらない部分がある。そこは猫の寄り会い所にもなっていて、マタタビでも吸ったらしい、五、六匹が毎日ごろごろ寝そべって、日向ぼっこで無く日影ゴッコをしている。
不良で不健康なマルチチュート猫の情報交換のたまり場らしい。浅草小学校は13─4、松屋は3、ぼくの家は15─1。ぼくは今居る家をマーカーで塗りつぶした。
やはり北側の旅館との間に80センチの路地が、塗り残って江戸時代から受け継いでいる白い猫の額が浮かびあがってきた。
これが町会地図になると、空白などひとつも無くこれでもかと塗り重なって、お店の宣伝がにぎやかに入って、東武線が鉄橋を渡る音や、三社祭の物悲しい子守唄のような笛の音や、羽子板市、三本締めの威勢の良い掛け声さえ聞こえそうだ。
靴屋さんの名前やお菓子屋さん、関根精肉、原草履、花川戸旅館、藤井漆喰。
ここに住んでいる頑固で多趣味な人々をすぐ思い出せる。
だから町会地図では80センチの猫の額では立小便、寝泊り禁止、焚き火などや、たばこのポイ捨ても厳禁だ。
知らないで、その「泥棒通り」 にうっかり入ってしまった闖入者も、じぶんが仕掛けたわなに落ちたような気がするだろう。
暖簾の向こう、路地裏の植木の裏側、お花の先生の教室や旅館から、いくつもの目が覗いている。
うっかりそこで立小便をしようとしたおじさんは美容師さんから熱湯をかけられた。
どんな泥棒の名人でも、すぐ御用になってしまったそうだ。
旅館の小学生の玉ちゃんが地面に石墨をぬって石蹴りをしている。その丸の数も、ぼくが星野商店にドクターペッパーを買いに行って買い物袋を何回電信柱にぶつけたのかも、町会には手にとるように見えているらしい。
それがテレビのデジタル、モニターに映って見えているわけでなく、脳内アナログのひだひだの路地裏でひた隠しされているものが露見しているのだから神秘だ。
さっきの火事の想像の中身も実のところ寅さん以外、町会にも見られてしまったかもしれない。
誰かの想像力が外に溢れ出すなんて、自分が見る夢を、他人も見ているみたいなものだ。

夜、押入れで眠っていると、今年の夏休みのことがコマ切れのように浮かび上がってきた。
毎朝涼しいうちに母と隅田公園に散歩に行った。
待乳山聖天の向かいに、使われていない電柱が立っていた。
その電柱にいつからか葛の蔓が巻きついて緑色に包まれて空に突き出していた。
「もうじき花が咲くね」 と母は楽しみにしていたが、次の朝は根元が切断されて枯れていた。
葉のミーラが落ち重なって、やせ細った蔓の隙間からコンクリートの柱がむき出しになった。
誰が何のためにこんな事をしたのか分からない。
真一文字の切り口は鮮やかだ。
ホームレスが恐る恐るいたずらしたのでなく、斧などを使って一気に処分した切り口だ。公園管理者が会議の結果、決断し。切断したのだ。
「100メートルほど吾妻橋よりに本物のくず棚があるので、そちらを堪能して下さい。都は、こちらの葛は雑草とみとめ、ほんものの景観を、損なうものである」 と英断したらしい。
それはそれで、公園中の電気がこの電柱を逆流して地下へ枝分かれして、公園全体の電灯にいきわたっている。
公園を見渡しても電線が無いことを来園者に、気付いて感心してもらえるかもしれない。と期待も込めたのだろうか。
青かった葉っぱは触手を天に向けて思い切り伸ばしたカタツムリの目を切ったようでかわいそうだ。
取り残された根っこは今からも芽を出そうとするだろう。
ぼくは息を詰めて枯れ葉をまたいだ。
「切っちゃったのね。もうすぐ花が咲きそうだったのに」 母が言った。
家に帰って、鉢の植木に水をやり水槽に餌を投げ込んだ。ドジョウが水槽の底からボウフラのように水面に浮かんできた。
でも見慣れた金魚が見当たらない。
遊び道具のつもりで入れてやったビーカーに緑色のミズゴケが生え、白い繭のようなものが中に浮かんでいる。
取り出してみると、金魚は死んでから数日たったらしくカビが身体を白く覆っていた。
ぼくはそれをぶどう鉢の根っこに埋めた。ぼくは、うっかりしていた。金魚はバック泳ぎが出来ないのだろうか。
ビーカーのガラス面が透明で自分が袋小路に嵌ったことに気付かず前進を続けてしまったのだ。
ひょっとするとハエがガラス戸に何度もぶつかって行くようにビーカーの底に体当たりして力尽きたのかもしれない。
犬のコロが死んだときも塀の穴から隣のアパートとの隙間に嵌まってしまいバック出来ずに前進し二階からアスファルトに飛び降りて頭の骨をおって自殺みたいに死んでしまった。
ドジョウとぼくはこんなに近くで見詰め合っているのに、ぼくが魚に近寄ってきてほしい時にも、目障りのときにも水槽をそっと叩いてみるだけだ。
ドジョウのほうでも、水温が上がりすぎたときや酸欠で呼吸困難のときなどあるだろう。
でも今のところ水槽の中から手紙のようなアワブクも無い。お互い餌を介して細々みつめあって生きている。
上手に住み分けているつもりだったが。ぼくのうっかりが、金魚を死なせてしまったと思うと悲しくなった。
ガラス面を横に走る水面とその下の汗をかいたような湿ったところがドジョウと人間の境目のような気がした。
空中ではなんでもないビーカーでも水面の境界をめくって挿入すると、予想もしない金魚への拷問道具へと化けてしうわけだ。
御茶ノ水のおじさんの家もぼくの家も今、空気のビーカーの中だ。
一回別れてみないと本当に会うときの喜びがわからない、と言う歌もあるが、そんな実験をしている暇は無い。
中でユーターンできるほど大きなビーカーが必要だ。
池袋の水族館は大掛かりで可能性が高い。
ビルの30階に海が引っ越してきていた。海水は、エレベーターで来たのだろうか。
サメが人間を無視して頭上を旋回していた。
マグロの群れは感電しているように突進して来るが群れが大きな円を描いて水槽にぶつかるようなのは居ない。
動物園の人気者のように愛嬌を振りまいている魚など一匹もいない。
サメの群れに、人間が足でも滑らせて落ちてしまったら、金魚のお返しに、サメは濃厚なあいさつを送ってくるだろう。
でもその広い水槽からなら、時間と鮫と感電物体のマグロだけやり過ごせばユーターンして復活して帰って来られるような気がした。
金魚にはひどい拷問をしたものだ。押入れの中でぼくは眠くなるのをこらえていた。

12・21  

マキリへ
前略。
君の父さんはついに切れてしまって
「家族解散」 とか言って電話をよこしました。
そのすぐあと、御茶ノ水のおじさんは自分で車に乗った迄は覚えていますが、楽しい家族温泉旅行のつもりが、だんだんおかしくなったのです。
娘の麻貴と妻の容子が理由をつけて帰ってしまうと突然海の見える横須賀の療養施設に、シェーンと一緒に入れられてしまい鍵をかけられてしまいました。
どういう薬を配合されたのか。さっきまで自分が誰なのかも分かりませんでした。
夜は施設ごと空を飛ぶし、飛んでいるはずの施設の非常口から君の父さんや母さんや平野さんなどの50人ぐらいの友人が訪ねて来て朝までかくれんぼで部屋の隙間に隠れているのです。
そして鬼のぼくには誰も一言も声をかけず、黙って自分が隠れる穴掘りのような仕事をし続けるのです。
明け方になってやっと自分が誰なのかここが海のそばだと少し分かりました。
足元で可愛がっているシェーンが胆汁をたくさん吐いて死んでいました。それでわれに返ったのでしょうね。
この気持ち自閉症のマキリになら分かってもらえると思って花川戸宛に手紙を書いています。
施設ではぼくの頭の体積や、口に入る水の量や、髪の毛の波の形を採集されました。ぼくはてっきり閉じ込められたと思いましたが、
よく見るとこの施設は鍵がありません。
出入り口に大きな鏡があって、逃げ出そうとする患者の自分を、看守の自分が監視する仕掛けになっているのが分かりました。
かといって開けっ放しでもないのです。緩やかなゴムの肌のような鍵がぼくの精神にかかっているようです。
それは麻薬かもしれません。LSD療法を施された可能性だってあるのです。
夕べもちょっと施設ごと空を飛んで、御茶ノ水に帰ってみました。ポプラは葉を落とし、そっけない姿を街路灯が寒そうに照らしていました。
明け方、施設に戻ってみると、窓に裏山が崩れ込んできていて、ガラスは割れ、床が水浸しになっている。タオルを何枚もかけてみるのだが拭い去るには間に合わない土砂の量になっているのです。
「看護師は有り余るほどいて、居ながらにして、片付けさせる命令も出来る。とっても自由だが、それをするには監視する自分を超えるような固い意思が必要なのです」 出口無しの堂々巡りの様をマキリに知らせたくて手紙を書いているのです。
一瞬時間が止まったので
「せいのお!」 とばかりに逃げだしてしまったような肉体の現在。担ぎ持って過去に戻っても回復しない現在。
おじさんは今レコードの逆回転が終わって、出発点に戻るのを待っているところなのです。未来にある過去に向かっているのが実感です。
施設の小遣いさんや先生に告白してしまえばそれなりの病名がつき終わりだが、その前に君にどうしても知らせておきたかった。
おじさんは力ずくでも早くレコードを逆回転して、LPの針を落したときの始まりに帰りたい。
そうしないと懐かしい共同生活の夢は何時までも持たないと思う。本当に自分とシェーンに申し訳ないことをしてしまった。
「針を落としたところまで戻ればシェーンだって生き返るかもしれない」 とあり得ないことも考えて泣いているのです。
床が土砂に埋まってしまった施設から覗くと、アルコール依存症治療所という看板がある。
その向こうは海。水平線があるべきところが、細長い岬と重なってしまって水平線が病んでいる。
おじさんは校庭の小遣いさんから見つからないようにシェーンの死骸を見ないように山のほうに眼を背けた。
「シェーンは今夜にでも御茶ノ水まで担いで行って弔ってこよう」 すると裏門のウバメガシに、鳥が止まった。
ポプラの青々とした小枝を羽の変わりに背負って身を隠したつもりで止まっているのが見えた。ちょっとはたくと、飛べないのか腹を上にして折り紙みたいに倒れた。
「なんて弱い鳥だろう、飛ぶつもりがあるのだろうか」 擬態の羽をつまんで、ポプラの枝の様子をみんなに見せびらかしてから、空に放り上げるのだが、足元に落ちてしまう。
「飛べないのだ。ポプラの擬態に力を入れすぎて、装飾過多で、飛べなくなるまで進化してしまった」 鳥は人の言葉で言った。
風に乗ったときだけ、吹き飛ばされる勢いで、やっと空を飛ぶように見えるらしい。
おじさんが木に登って、鳥を高いところに止まらせると、突風が吹いて、大木の後ろに吹き飛ばされた。
しばらくすると、川の向こう側の崖っ淵の柵に止まって、助かったらしい。
おじさんはこのアヒルとコーチンの合いの子のような鳥の事についてもマキリにだけは知らせておきたかったのです。
その夜おじさんは誰にも気付かれず御茶ノ水ビル屋上のガチョウの丘に大きく深い墓を掘ってシェーンを無事密葬しましたので、泣いたり心配たりしないでください。     
隔離病棟にて御茶ノ水のおじさんより

ぼくはそのシェーンが死んだ知らせの手紙を誰にも見せないで、オルゴールにしまった。
「死んだのも本当か嘘かもわからないような幻覚ばかりの手紙を、なぜ御茶ノ水のおじさんが一所懸命書いたのか分からない。ぼくから返事ももらえそうもない手紙を」 そのことも、仕舞っておくひとつの理由だった。
この前おじさんが
「俺達これから、どうすりゃいいの」 と父と母に言ったのを思い出した。そのとき三人ともどうすりゃいいのか答えなかった。
「成るように、なっていくしか、ないじゃないか」 とぼくは思っていた。
ぼくだって、こうしようああしようと思って、そうなったことは一度もない。ああなりそうだこうなりそうだと思って、年を取るのと訳が違うような気がします。
さっきから気がついていたシェーンの死んだ事を、言葉では
「今、気が付いた」 とおどけて云うのです。
言葉は永遠に実際いま起きていることに追いつけません。あるいは追い越してしまいます。
日記に、今しています。しようと思います。と書けないで、いつでも、しました。となってしまうのに似ています。
ぼくにはそこまで分かったのに御茶ノ水のおじさんの手紙には差出人の住所がありません。
あったとしてもぼくがおじさんに手紙を書かないことを、おじさんがあらかじめ知っているとしか思えません。
ではおじさんはなぜ手紙を書いたのか。
出口無しの堂々巡りが始まりました。手紙は四角い紙に、手で書いたインクの紙魚です。
普通の人は返事を書いたあと貰った手紙は、大事に仕舞い込んで忘れてしまいますが、ぼくには返事を書くところが欠落しています。しかしオルゴールの中の宝物と同じ扱いはできるのです。
ぼくが死んで温暖化しても、それは熱湯の海をどこまでも浮かんでいくでしょう。

12.22  

「皆で一度にダーと出てしまえばマキリも釣られて出てくるよ!」 新潟から帰っている弟のゴリが言った。
今日は家族で動物園にいくことになっているらしい。
寝ているババは留守番だけど。ぼくは動物園で象の前もパンダもライオンも素通りした。西郷さんの銅像ばかり気になった。ポテトチップスをゆっくり食べる行きつけのレストランの特等席があるからだ。座席は掘り炬燵式になっていて、靴を脱いでくつろげるし、お客さんは大体テラスで銅像を見ながら話すので店の中はいつも空っぽだ。
店員に顔を覚えられたのか、少々騒いでも許してくれる。白状すると幼い頃から動物は苦手だった。
小犬のコロを抱かされた時も、胸からそっと足下に置くと駆け出して逃げた。犬でこうだから、猫を胸の中へ入れて駆け引きしながら抱いている事などとうてい出来ない。
目が合っただけで電流が走り、ぼくも猫も悲鳴を上げて逃げ出してしまう。
だからこれまで動物園では猫科の動物とはある距離を保つことにして、間に鉄棒が何本立ちはだかっていても、お互いにゆずれる目に見えないボーダーラインを足早にやり過ごして歩く。
今日も檻に近づき過ぎないようにした。
でも犀の牧場ではしばらく立ち止まってしまった。
犀は浮世絵に良く見かけるグラデーションの夕空を背に、重心が低い巨大な牛という風体で堂々とこちらを向いていた。
角には人を寄せつけない何かがあったが鉄の檻に入れるほどの怖さはない。
不忍池を草原のつもりで見渡す姿には、草いきれさえ漂っていた。
「眼の中の不忍池が、ふるさとのサバンナのブッシュと同じように見えていますように」 ぼくは息を止めて、俯きかげんな犀の小粒な目を、手で掬い上げてやりたくなった。
飼育係がバケツを叩く音に反応して、突然くるっと大きなお尻をこちらに向けて、ゆさゆさ餌場へ走って行った。ゴリが
「犀って犬よりかわいいね。このアフリカのうぶさが癖になりそう。もう一度出てこないかなー」 ぼくは同意する代わりに、犀のすなおさを真似て、隙を見て狙っていたゴリのむっちりしたお腹に抱きついて
「アハハ」 と笑った。「さあ西郷どんの所へ行こうか」 弟のゴリが言った。
夕方寅さんが、淹れたてのコーヒーと米沢牛と根菜類のザルを抱えて勝手口から入ってきた。ぼくは甚平さんをなびかせて
「東京音頭」 のテープを、首を振りながら聞いていた。
手足が動き立ち上がり、気が付くと踊っていた。 
「もう、あと一日だけになったわね」 寅さんの声がした。
茶碗やコップが鳴る音で台所が騒がしくなった。
「五日間の冬休みなんて、あっという間だったわ」 テレビのそばの、ぼく中心のどんより暗い声色を、台所のきらきら輝く音色が包み込んできた。
「前から聞いてみたかったんだけど、マキリと言う名前、誰がどうして付けたの?」 また寅さんのしゃがれた声。
「城之内さんと足立さんが付けてくれたのよ!」 妹のユカの甲高い響く声。
城之内さんが交通事故で亡くなってもう七年になる。
四十九日のとき御茶ノ水のおじさんや父さんの仲間が二ノ宮海岸に集まって、事故のとき履いていたブーツと着ていた血が付いた下着を焼いて、その灰を海に流すお別れ会をした。
海岸で大人がみんな大声を出してモヤイ像のように泣いた。
そのときぼくが
「一月十三日。金。よ。お。び」 と、叫んだ。
別れの悲しみで凍り付いて止まってしまった夕日が、ぼくの秒読みでモヤイ像の頭の上で燃え始め。
「あのマキリの合図で、時が『ゴー』 と、再生して動き始めた」
と金井おじさんは、そのときの感想を言い。
一年たったころ城之内さんを追悼して歌・句・詩シネマ
「時が乱吹く」 という金井おじさんの映画が生まれた。
ぼくがまだ花川戸に住んでいる頃だった。
それから御茶ノ水のおじさんが言っていた、若い頃の仲間、映画製作の徒党、共同生活候補者たち(ヴァン映画科学研究所)の手によって
劇映画「出張」と記録映画「魂の風景―大野一雄の世界」 がたて続けに出来上がった。
「出張」 は中野武蔵野ホールで公開された。
「城之内さんの自主製作映画が浅草木馬亭の追悼上映会を皮切りに、下北沢、京都、ニューヨーク等でも公開された」 と父は言っていた。
その城之内さんが三〇年前、新宿の花園神社そばのゴールデン街で「マキリ」 と言う呼び名を見つけてくれたのだ。
それを「真切」 という漢字にしたのが誰だったか、何度も聞いていたがもう思い出せない。
「そういう訳で、マキリはアイヌの女性が身に着けた護身用の短刀のことなの!」 ぼくの秘密に詳しいユカの声がまたした。
あとは、まな板をたたく包丁の音だけになった。
なべの準備が終わり、年に三日だけ新潟と松本から帰ってくるゴリとユカが、真ん中をあけて座って全員が
「さあて、始めよか!」 と言うのに合わせて、ぼくは少し違うんじゃないかと思った。
雨のしょぼ降る夜に、ぼくの旅立ちをこんなふうに祝うなんて! 
「こんなふうに祝われるままに、良い子のふりをしているなんて! ぼくには出来ない。時に流されるまま最後の豪華な晩御飯を食べながら、家も家族もなくなるなんて!」
「マキリ! 泣いていい?」 ぼくは大声で聞いた。五人はうろたえた。
「いいよ! でもなんで! 今なの?」 ゴリとユカが、困たように聞き返したが、ぼくは脇にあった座布団に顔をうずめ、シェーンも思い出して本当に泣き始めた。
「あらっ。マキリは、泣かない子だ、とばかり思っていたのに」 寅さんが驚いて言った。
外では雨だれの音がアフリカの太鼓のように、水と風次第というランダムでありながら規則もありそうな波のようなリズムを続けていた。
入ってくるその音を、父が勝手口のドアの外に締め出した。
それでぼくの泣き声が、生け捕りされたように部屋中に大きく響いた。
「そのうち、米沢牛のいい匂いにつられて食べにくるかもしれないわ」 皆は席の真ん中を一杯空けてぼくを待った。ぼくは嘘のような家族団らんに、ますます食べたくなくなった。
「もう一度泣いていい?」
「今日はもう一日が全部終わったことにしよう」 押入れの上段に陣取って、日めくりの今日の日付を、思い切ってめくって、口に入れてぐちゃぐちゃに噛んだ。その塊を天井に投げつけ、明日の日づけの前で声を出さずゆっくり泣いた。
「これがお別れ会だってことに気が付いて、胸がいっぱいで、夕食が出来なくなったようだわ」 母は寅さんにすまなさそうにつぶやいた。
そのとき「ピー」 と終電が、大川の鉄橋を渡って終点の東武浅草駅に入って来た。
「もうこんな時間なの。私って、気付かぬうちにマキリさんに嫌われるような事しているのかしら」

12・23 

台所の暗闇に、ぼくの背丈より大きな冷蔵庫があった。父は
「こんなに大きな冷蔵庫が本当に役立っていたことがあったのか信じられない」
というように冷蔵庫の抜け殻のように座っていた。
それは横浜のおばさんに頼んで買ってもらったのだが、アメリカのGE社製のやたらと電気ばかり食ってしまう代物だった。
今ではババの部屋にある一回り小さい冷蔵庫で全部間に合ってしまうので、GEは粗大ごみとして出してしまった。
父は座禅みたいな形で座っているが、ハルシオンを飲みながらの修行なんて聞いたことが無い。
父も僕とおなじ内容の手紙を御茶ノ水のおじさんから貰ったのだろうか。
背中の白壁にはぼくが小学生の頃クレヨンで書いた落書きのうえに、禁煙とか禁酒とか、禁の付く字が一面に張ってあり。
「酒を飲んでトイレに小便を散らかして申し訳ありません。これからは二度としません。今回だけ許してください」 など父の字で、母宛謝罪文が賞状のようにたくさん張り出してあった。
ぼくは瞑っている父の瞼を、親指と人差し指で開き目玉を剥き出しにしてみた。
黒目が在ったところは白内障の金目鯛のような、何も写さない虚ろな鏡が光っていた。
その目は引越し先も探さず、花川戸に拘って、何処にも行き場が見つからない。あるいは居場所がなくなっている黒目といったほうが良いのかもしれない。
隣の寅さんでさえ、ババの僅かな纏まったお金に、吸い付いてきているのに、父はそうならない。
寅さんは生活保護を取り消されたまま、ババのオムツ替えを口実に、家に入り浸っているといったほうが正しい。
おばあちゃんの下の取替えのたびに母と組んで、父を攻撃して謝罪文を書かせている。
父は堪忍袋の緒が切れたときに、寅さんに怒鳴って言った。ぼくにはいまだにその意味が分からない。
いつか分かる時が来るのだろうか。
「なんと言われようと、寅さんと違って俺は立派に住民税払っているんだ」 と言ったついでに
「『男女(おめ)えさん』 歌沢の師匠さんだと思っていたが、女の弟子がたくさん出入りしている。端唄が上手というでも無いのに女の弟子ばかり来る。ことに囲い者や後家さんたちがわざわざ遠方から来るというのを聞いて、変に思って、もしやと疑っていたら案の通りでした。つまり色と慾の二筋道で女が女を蕩して金を搾り取る。これだから油断がなりませんよ。」(半七老人の話) 追い詰められたネズミの父が、猫の寅さんを御用にかけたらしいのだが!
もちろん、ぼくはテレビアニメ「小さなバイキング・ビッケ」 なら繰り返し見るが、半七捕物帳など聞いたこともない。
第一、本になっているらしいので、ぼくの場合読むというよりドッグ・イヤーを舐めたくなってしまう性格なのだ。
父が言った内容も理解できない。その場の雰囲気だけ言うと、寅さんは一瞬何を言われたのか、口をぽかんと開けてだまって何かを誤魔化したような顔をして帰って行った。
寅さんは「わあー」 と顔を隠したいほどの深い恥ずかしさと恨みとして記憶に残してしまったらしい。
そういうことだったらぼくにもある。子供の頃真っ裸で吉原のお店に入ったことなどだ。
寅さんは職場復帰もせず生活保護を申し出ないのもその父の噛み傷に理由がありそうだ。
寅さんは最近奥さんをなくした犬仲間の猟犬のおじさんと、父を比べ、父を馬鹿呼ばわりして調理人のおじさんをほめる。
母も巻き込んでそんなことばかりやっている。
父は猟犬のおじさんが鉄砲で撃ってきた鴨をおいしそうに食べていたが、お芝居のつもりでふざけているのだろうか。何が起きているか、うすうす感づいているのだろうか。
引越し先に父を連れて行かない計画が進んでいるのに。
相談が父を抜いた三人で進んでいるのだったら、父は事件に巻き込まれるかも知れない。四対一では勝ち目が無い。
猟犬のおじさんが調理責任者、寅さんが接客責任者、母が出資者という役回りになっているらしいし。母は遺産の取り分を巡って早くも父を家庭裁判所に訴えている。
ユカも、引っ越し先予定地を、見学にも行かない父を見かねて
「おかあさん。猟犬のおじさんと再婚したら」 などと、父の前でわざと云っているような気もする。
父の居場所といったらまるでムーミントロールのモランみたいなものだ。
モランが座ったところは春が来るまでは凍ってしまう。
父の座っている冷蔵庫があった窪みはいつも凍ってばかりいた。
ユカは農学部出なのでついでに調理師免許をもらっているはずだ。母の出す店で精一杯働くつもりなのだろうか。
父は家庭裁判所に呼び出されてもお金の事では母と喧嘩しないだろう。
ぼくが20才になって御殿場に入所するまで45日間の記録を、きっと調停員に提出して、母の申し立てを軽くかわしてしまうに違いない。父は撤退とか脱出とか離婚とか何かしたいことがあるはずだ。
「父が母とだらだらと遺産の取り分で争っていたら、店を出す気になってしまった三人に何をされるか分からない。簀巻きにして隅田川に流されるかもしれない」 父は争いを避けるに決まっている。
春が来る前に故郷の浜松に帰ってしまう。浜松に帰るのが本当の目的なのだ。
やったことも無い飲食店で苦労したくないのだ。
相続税対策を考えに入れていなかった母は来年、法外な税金を納めるだろう。
不動産屋のおだてに乗って調理人の実力以上に大きな構えのお店を買うに違いない。
そして職人特別手当を出し。寅さんにも接客手当てを上乗せして給料を払い。店は始まるが、すぐに調理人から
「給料を上げなけりゃ、いつ出て行ってもいいのだぜ」 と脅されて、金を巻き上げられ。
職人はある日ぷいと店を出たまま姿をくらまして、懐かしい浅草などに舞い戻って住み込みの職人になるに違いない。
職人が居なくなって客も減り損ばかり膨らんでいく店を売って、小さなカレーライス屋を開くころにはババはもう死んでもう居ないだろう。
「大きな店でいい時死んでくれて有難かった。ババに惨めな心配をかけないですんだ!」 葬式に駆けつけた息子を、新潟まで追い返した後(それほど店の中が揉めているからなのだろう)締め切った戸口の奥で、わずかに残ったお金を囲んで、寅さんと向かいあって座り嘘っぽい涙で泣くだろう。
ユカは母の元を去り新宿で就職し。
働くのが苦手な寅さんと母が営むカレー屋さんも客も無く休みがちになり、ずっと休んでしまった挙句に、そこも売ってしまい。
今度は住むだけの六畳、三畳のバラックなどを買って、二人で住み始めるが寅さんは、相変わらず働かず。
生活保護を受けようともせず、母がアルバイトで稼いで来るアルバイトの給料に頼って生き抜くだろう。
これを水族館の魚の世界では
「蛸に吸い付かれた巾着鯛」 というのだそうだ。
ぼくは、その原発のそばの火葬場近く、山の中腹の掘っ立て小屋に毎年夏と冬になると帰省することになるだろう。
ぼくは六畳に寝、寅さんが三畳、母は風呂場で寝るのかもしれない。父は浜松の弟の繁さんと御母さんが死ぬまで、実家のあばら家に住むつもりだろう。
こうして元家族が集まれる場所はなくなり、ぼくへの毎月一度の面接日か、年に二度の総会の日が、唯一の家族団らんの集合場所になるに違いない。それも仕方ないことだろう。
元家族が御殿場で東京音頭を踊ることになりそうだ。母は預金を使い果たしたら生活保護を申請するといいだすだろうが、他人を保護していて本人が生活保護を受けられるのか、そこのところが、ぼくにはわからない。

それから、犬のゴンを連れて父と母、三人で隅田公園に散歩に出掛けた。
葛棚は冬を早くやり過ごそうとひっそりと枯れて固まっていた。
枝の間からは冬空が透けて見えた。
ぼくは成人したときから御殿場が住まいだと決めていたし、弟のゴリは新潟のうどん屋に住み込みで大学に通っているし、ユカは就職した。
一度、立ち退き後、御殿場に住むのはどうかと、父と母と寅さんが尋ねてきたことがあった。寅さんがなぜ来たのか今でも謎だが、父は不動産屋の案内で御殿場中の中古物件を見て回ったらしいが、住む実感がわかなかったそうだ。
車を買うときとは訳が違って住宅となると、移動でなく拠点をそこに置くことに戸惑ったそうだ。
それと職業の事を考えるとボランティアのカン拾いぐらいしか思い浮かばず。
きれいな別荘のような物件を前にしてその生活感の乏しさにただうろたえたそうだ。
「この辺は生活するところでなく空想して楽しむところだったのが分かった」 と父は寅さんと母に言っていた。
わざわざ御殿場のぼくの近所に引っ越してきても、毎日ぼくが作業に打ち込んでいる施設に酒でも飲んで来られても困る。
墨田公園の犬仲間の猟犬のおじさんが水門の土手の下でこちらを見て待っていた。
母は引き寄せられるように犬仲間に駆け寄ると
「私お店やることに決めたの。息子とも今の旦那ともこれでお別れの決心がついたから余計な心配はしないで板前として腕を振るうことだけ考えて。お金も誰にも分けないで商売につぎ込むわ」 というと何事も無かったように土手に引き返してきた。
犬仲間は最初からぼく達が三人組だったことを知らなかったように振り向きもせず公園を出ると馬道のほうへ消え去った。
父は御茶ノ水のおじさんが言っていた映画製作というよりも、その原作となるような、安上がりの詩のようなものを一人になって書きたいようです。
本当は郷里へ帰りたいだけかもしれませんが。
浅草の土地が売れた後どこへ引っ越すかまだ結論は聞いていませんが、父と母はお互い自分の親のところに行きます。
だから離婚します。今までが、ぼくが家の中心だったから、ぼくが居なくなったら両親は何の話題も無くなりばらばらになります。
ただ、20才になって、ぼくが御殿場で自立を目指して住もうと決めたときの寂しい気持ちを、今頃になってお互いに味わっていると思います。
みんなは、ぼくの真似をして家から巣立って、早く何かから自立したいのかもしれません。
それにぼくも場所にこだわるほうなので、住み慣れた浅草よりほかのところへ引っ越されても、どこへも帰りたくならないような気もします。
その後三人は、桜橋を渡りながら記念に10円銅貨を賽銭箱と思って大川へ投げ込み、そして思わず手を合わせた。
「あらマキリったら、うなぎ屋さんのおばさんの真似しているわ」 
「そうだったね、あのおばさん、観音様に向かって毎朝店を開ける前手を合わせていたね!隅田川で焼け死んだ犠牲者にね」 カモメがすぐ傍まで近づいて餌をねだった後、何も持っていないと分かってサーと風に乗って、言問橋の群れに向けて飛び去った。墨田公園の散歩も今日でおしまいだ。
吾妻橋の袂のお地蔵さんとうなぎ屋さんを通って向島の東岸をゆっくり駒形橋まで歩いて駒形橋西詰から雷門にむかった。
ぼくは21才になったし、父も母も60才になる。
「いつまでも甘えていられないな」 三人は同じことを思っていた。
花川戸に帰って郵便ポストを覗くと、家庭裁判所から、父宛の呼び出し状が着ていた。
父への親孝行が、この手紙を手渡すことになってしまったようだ。
父は受け取ると中味も確かめず、さあ新宿まで来る送迎バスまで送ろうと言って、車のエンジンをかけに、駐車場に降りてしまった。
ぼくは昨日書いた御茶ノ水のおじさんへの手紙とオルゴールにしまってあったドーナツ形の折り紙で作ったぼくの宝物を全部封筒につめて母と車に乗った。来た時と同じように御茶ノ水のおじさんの家に寄ったが、おじさんは留守で、おばさんと麻貴ちゃんもカルチャースクールで門が閉まっていた。
扉で口を開いている青銅のポストに、手紙を投げ込むと、父の運転する車に戻って、カバンを広げオルゴールを確かめた。父も運転席でさっきの手紙を確かめていた。御茶ノ水のおじさんあての手紙に次のように書いてあります。

返信。 御茶ノ水のおじさんへ マキリより  
突然ですが、おじさんさようなら。
おじさんが横須賀の湯治から御茶ノ水に帰ってきてもその時には、ぼくはもう浅草に居ません。
おじさんの予告通り、この手紙が届く頃、父も浜松へ帰ってしまい。母は茨城で、寅さんと猟犬の料理人と組んで、日本料理屋をしているでしょう。
ゴリは新潟で理科の先生。ユカは東京で、事務員をしています。
ぼくは帰ったら最後御殿場が、一生の住み家になります。
おじさんが仲間と一緒に鶏でも飼って徒党のためのアジトを作ってのんびり暮らしたければ、お酒の変わりに、温泉の薬師の湯をたくさん飲んで、まず体を直してください。
これからぼくの家族はバラバラです。御茶ノ水も花川戸も取り壊し中なのです。
何故かというと一度、すっからかんに失うことで、全体がどうなっているか。
家族に今度会う楽しみがどんなものか分かるからです。
おじさんだって同じでしょう。
追伸・胆汁をはいて悲しんでいたシェーンに折り紙で作ったドーナツ形のぼくの宝物を、全部この封筒につめて御茶ノ水のおじさんのポストに入れておきます。
シェーンならこの懐かしい臭いを知っているはずです。
おじさんは早く御茶ノ水に帰って来てぼくの宝物を、シェーンのお墓にお供えして下さい。
オルゴールは御殿場に持って帰ることにしました。明日はきっとぼくのかばんの中です。

「さて今は空っぽになったオルゴールに、これから何をしまっておこうか?」 新宿駅西口安田生命北側で待っている送迎バスに乗って、一人になってからゆっくり考えます。

(2009・9・10)

服喪のConte 変身の予感

      



秋の終わりの天気がよい日曜日、ユカは父さんに弁当を届けようと思った。
「父さんのマザーグース見てみない」 と弟のゴリに声をかけた。
「そんなもん居るはずないよ。いても見えっこないよ」 ゴリは答えた。
「弁当を届けながら、暇つぶしに、行ってみようよ」
「コスプレの魔女のばあさんにわざわざ会いにいくの? 歩行者天国の真ん中に、アヒルや鵞鳥に乗ったおばあさんなんかいないよ。それより鵞鳥って飛べたかなー」
「それ。それって大事よ。調べる気持ちが。歩行天で遊んでこようよ。お天気も良いし、ゲームばかりしていちゃあ、天気がもったいないよ」
ユカは弁当を包みながら、ゴリにけしかけた。
「大道芸なら見ても良いかな。ぶわあ、と火を吹く奴」 そんなわけで、地下鉄にのって新宿の6階建ての本屋さんに向かった。
東口で降りると
「きょうは、絶対なにもしないぞ」 と決めた人たちが突っ立って、北側斜め上の大型テレビ画面を、ナキウサギのように見ていた。右折して人ごみを掻き分けると歩行天が始まっている。
笛や太鼓のアンデス民謡では、観客のおじさんが足を自分の頭の上まで振り上げ、曲に遅れもせず本気で踊りまくっている。近くのダンス教室の先生にちがいない。
そしてそれが当たり前のように、その場になじんでしまっている。歩道にあがれば書店前の待ち合わせの一団が三々五々エスカレーターに吸い込まれていく。ユカとゴリも吸い込まれた。裏側に階段もあるのだが、行きはどうしても吸い込まれ率が高くなる。
「お店に入ってみようか。やめとこうかな」 と思った瞬間に、吸い込んでしまおうという仕組みである。
「1階と2階の中間あたりで『やられた!』もう入るっきゃない」 と、肝が決まってしまう。
エスカレーターから押し出され、その余禄で、だらだら20歩ほど行くと。左側のイヴェント・コーナーの赤毛氈上に、ライティングされた金ぴかの本が並んでいる。
一番目立つ壁の真ん中には裏地が青で、コールテン仕立て、赤いモーニング姿の猫が立っている。ベージュの帽子に、かかとを、踏み潰した靴をはいた猫の、自信に満ちた目。
首に挟んだバイオリンを、聞き耳を立てながら弾いている。
白いチョッキを、お臍の上あたりまでのぞかせ、その下には黄色い半ズボン。
「なんて、おしゃれなのら猫」 16才のゴリ。
「かんわ! ゆい」 19才のユカ。
真ん中左に、ガチョウに乗った赤と黒のとんがり帽子の、赤マントの魔女が本を読み読み、どこでもないところへ飛んでいく。どこでもない時間に向かって飛んでいる。
「マザーグースって、魔女なの」とゴリ。
「人攫いみたいなおばあさん。でもみんなおしゃれなのね。私負けそう」と、ユカ。
そのとき、コーナーの真ん中の穴倉から、蝶ネクタイの父さんが飛び出して、
「よく来た、よく来た、まあ座んなさい」 と椅子を出す。しばらくの間は客扱い。父はお客が居ない売り場でつくった
「テントウムシの自宅はお日様だ の歌」を二人に読み聞かせてくれた。


これは赤テントウムシの丸い家
丸い家からみた地球の
円盤飛び立つ基地が
ある草原のカラスノエンドウに
集まった子供達が
見つけたテントウムシは
死んだふりして地面に落ちる
それを手のひらにつまみあげた少年を
見つめている少女がはやしたてた
「目を覚まして飛んでいけお前のうちが火事だ」
テントウムシは目を覚まし天をさしてる少年の人差し指に登る
テントウムシは背伸びして羽を出し一直線に舞い上がる
テントウムシの円盤はお日様めがけて飛んでいく
子供達は見上げてた赤い羽を輝く丸い家が吸い込んだのを

こんな歌大人になっても覚えていておくれ

「父さん。どんな仕事してるかと思って、お弁当もって見に来たら、こんなことして遊んでたんだ」 ユカは言った。
「マザーグースってこの絵のことか。だまされた。やっぱり本物はいないよね!」 ゴリは言った。
「いないと思うところにいるんだよ。いると思うところに、いないんだよ。トンチンカンの変り者だからね」販売員の父さんとしてはそれがいないと困るのだ。
「お弁当、今日はないと思ってたら、今こうしてあるだろう」 父は猫を見て、足を止めた本当のお客さんのところへ行ってしまった。
「猫の足元を見てください」 とお客さんの足元の落し物に注意させたり。
「今、おうちが火事かもしれませんよ」 と自宅のコタツを、ちょっと心配させたり。
「あなたが通り越してしまわなけりゃ、私の話ももうちょっと 長引いたのに」
誰も居なくなった売り場で、一人で嘆いてみたり。
女学生は「女の子って、何で出来てる?」 と聞かれて、振り返りながら逃げ去った。
「心配ないよ。私の父さんだから」 ユカはつぶやいた。
そしてお昼ごろお店を出た。
父は非常階段のコーナーで、ジャック・ホーナーと並んでお昼を食べただろう。
私達は花園神社の境内で、同じおかずのお弁当を食べた。展示コーナーでは相棒のおじいさんが、
「売れた。売れた。マザーグースがまた売れた」 と叫んでるだろう。
外から、かすかにアンデスの笛の音が流れ込んで、猫の大きな目が雑踏の足を止めさせる。
「わたし、こんなのが、大好き」 また、新しい少女が集まってくる。
そんな日が三ヶ月も続いたある日、商会からひょうきんな父さん宛に手紙が来た。
マザーグース商人 Nさま  
せんだっては、マザーグースに会いに、わざわざ日本よりお越しいただき、ありがとう。
その節はロンドンではビッグ・マザーに本当に、お会いできましたか。心配です。あなたは
「本当に会えた」 などと、行商しながら、人に言いふらしてはいないでしょうね。心配です。健康を祈って差し上げた山羊足のブーツを売り場で見せびらかし、得意になって自慢していないでしょうね。ますます心配です。このたびも、商会は、オーストラリアにて、魔女探しに再挑戦していただきたく、ペアーでご招待したいと思います。  山羊足商会より

父は去年の、オックスフォード招待には仕事に役立つと思って行ったようだ。
オーストラリアはマザーグースの親戚の結婚式に招かれたようで、気が進まない。そのために家計が傾くと、いちばん困る。ユカとゴリのペアーではいけないか、山羊足商会に問い合わせたら、展示コーナーの相棒のおじいさんが旅行にも同行し、付き添い役をしてくれることと。
「ゴリもユカも商会の熱心なファンで、売り場にもよく弁当を運んでくれた」 商会に、推薦状まで書いてくれたらしい。それで商会から、しぶしぶながらも「ゴー」サインが出た。
「回りに、あまり迷惑をかけません」 おしゃれなのら猫の前で宣誓させられたけど。



父さんと同じ売り場のおじいさんが黄色いはでなシャツを着て現れた。
大きな旅行カバンで、プレハブの階段をガタンゴトン揺すって、あれは十二月のはじめだった。
「ユカちゃん、ゴリちゃん。冬休みの宿題は終わったかな」 と迎えに来た。
「お父さん、礼には及ばんよ。娘がケアンズからなかなか帰ってこないんで、この機会に会いに行くんじゃ。旅は道ずれ。世は情け。だから二人とはゴールド・コーストまでのご同行なんだが。お互い様の、よろしくってなもんだ。」 父は出勤時間で、3人に黙って手を振ると、いつものイヴェント・コーナーに向かって急いで出て行った。
三人はゴロゴロと、電車を乗り継いで、空港に着くころには縁日かお祭り気分になっていた。行きかう人は飛ぶようにというより、もう飛んでいて、頭は空っぽ。浮き立った体に、足は邪魔者のようにぶら下がっている感じだった。旅なれた賢い人はいすに座って出発時間が来るのをじっと待っている間に、ホールでの初顔合わせがはじまった。
「親子ずれ夫婦ずれが多い。姉弟組みは珍しい」 そうと思ったぐらいで、あとはうわのそらだった。みんなの自己紹介が終わったところで、山羊足商会の世話役という人が
「えへん。おほん。エー。このたびの旅はあー。隣の人の顔だけはよく覚えて迷子にならないようにエー。肝心なことは子供だからといって、大人の面倒を見るように。大人だからといって、子供から目を離されないように、むにゃむにゃ。私は独身で、皆さんのお供をするだけの世話役で、何の役にも立たなくなるのが、世話役の目標でして。特に今回の皆さんのお仲間には16才と19才の姉弟ずれがおります。そこの黄色いシャツのおじいさんが付き添い役を買って出てくれたおかげで特別許可が出た、珍しいケースです。なにぶん目配りのほどお願いしておきます。では、待っている飛行機に乗り込むことにしましょう」
そう言った時、黄色いシャツのおじいさんがさっとマイクを取って
「今紹介いただいた、私がこの子達の全責任を負わされた。付き添いの黄色いシャツです。支度をしながら、聞いてください。旅行の肝心は保険に入っているからといって、カバンを預けるときに、カナダ行きとか、オランダ行きに、おかないことです。そんなことをすると、お客さんがとても得して、ホテルがとても損をします。荷物が無事届かなかったお客様の部屋には花束とかご盛りの果物を置いて、お詫びのしるしにするからです。でも安心してください。ここが保険のいいところですが、荷物はカナダとかオランダを通過し、地球を約一回りして、次の日、確実にホテルに届きます。誰もこの私のような、旅なれたことはしないようご注意します。それから、ホテルのバス・ローブや、銀のスプーン、ナイフ、フォーク類を日本に持ち帰らないように、ってこと。旅行の肝心はそれに尽きますかな。これを守ってよい付き添いになろうと思っていますよ。この私は」
と云ったので一行はどっと笑った。
タイミングから言っても、緊張した一行を笑わせた力量は並大抵ではなかった。
移動を始めながら、ユカとゴリはこの前、父から聞いた、テントウムシの歌のどのへんに当たるのかなと思っていた。
「目を覚まして飛んでいけ のあたりかな。さあタラップを、上るよ」 ゴリはいった
「テントウムシは目をさまし天を差してる少年の人差し指に登る 飛行機は助走路に、ゆるゆる、動き始めたよ」 ユカがいった。
「テントウムシは 背伸びまでして羽を出し一直線に舞い上がる だったね、でもその先は、誰にもわからない」 二人は声をそろえてそう言った。
天と地と雲の上に、ぐんぐん上り、陸地がグラーと傾いて、覆いかぶさると、海の上に出た。それから先は、12時間と半年が瞬く間に過ぎてゆく。



コック・ピットの話がもれてきた。
「最悪だ。ニューギニア島あたりで、積乱雲に、突っ込んだ」 機長の声だ。 
きっと、トイレのスピカーだけ消し忘れてるんだ。
「機長、旋回して軌道修正しまひょか」 操縦士だ。ユカは手すりを両手で握り、ちぢこまった。
「駄目だ。闇夜で雲の中だ。正規航路を簡単にはずせない。もう10時間も飛び続けているのを忘れるな。突き進むしかない。キッチンのスチュワーデスを叩き起こして待機させろ」 公園のトイレで、スズメ蜂と出っくわしでもしたように慌ててしまい、足元でジーパンが絡みつき足ががくがく震え始めた。
「機長。さ、さっそく雷さん。右翼を直撃でっせ。」 機体が右に傾いたらしく、右足でふんばった。スピーカーは続けた。
「豆粒ほどの穴をおおげさに報告するな。それよりお客様を落ち着かせる方が先だ」 ユカは、落ち着こうと深呼吸した。
「ただ今雷の隙間を縫って飛んでいますー。と放送しときまひょか。宇宙船ボーイング号は隕石群に突入ー。にしときまっか」 だれにも聞こえないと思って言いたい放題になっている。吐き気さえしてきた。
「こんな会話が客席に伝わって、お客さまが恐怖に駆られて席を立たれるのが一番困る。そんな兆しがあれば旋回どころか日本に引き返す。」 ユカは素直に納得した。引き返されたくない一心で背筋をピンと伸ばして、機長の要望に添っていた。
「残念でおますなー。機長。引き返せなくなりました。左翼外側のエンジンにも落雷。燃料も少し漏れ始めたのと、ちゃいまっか・・」
「・・直進で正解だった。この巨体で旋回していたら燃料切れとエンジン停止で海の藻屑になるかもしれん」
「それじゃ、前進あるのみじゃござりませんかー。機長。ワーハッハ」 ユカもさっきから体全体が痙攣でガクガクしている。
「ばか笑いはそれくらいにして、500人の乗客のことを考えろ。黙って非常着水のイメージ・トレーニングでもしていろ。ほおら海面すれすれだ。我が翼よ、浮け。海中に頭から潜るんじゃない。水平。水平を保つんだ」 水平、水平と怒鳴られてユカはそんなとき機体が平衡を保てるかどうか、そっと手を離して人体実験でためしてみた。
「機長。驚かさんどいてんか。冗談も休み休みにしとくれやす。ほうら3000メートル級のエアー・ポケットに落ちたじゃないですか」 ユカの体が宙に浮いた。便器から水がふきあげ天井までぬれた。
「機首を一杯に上げろ。中央突破だ。これが一番の安全対策だ。雷など気にするな。その代わりニア・ミスだけは許さんぞ。レーダーから目を離すな」
ユカは床を転げながら、座席に戻ってきた。
「さっきから、いやに揺れるね」 ヘッドホンを聞いているゴリは言った。
「それどころじゃない。コック・ピットの話だと今、機体は最悪らしいよ」
ユカはそう言うと膝を抱きかかえ、びしょぬれのまま縮こまって俯いた。
外は豪雨で雷がピカピカ光っていた。
「皆様、シート・ベルトは外さないでください。窓のブラインドは下ろしてください。では助手と二人で、救命胴衣の付け方をやってみます、、。そうそう風船膨らめる要領で・・1・2・3・・あとはベテラン機長に、おまかせください」
「お客がパニックを起こさないよう、落ち着いた振りをしているだけなんだから」 ユカが皮肉っぽく言った時、天井から酸素吸入器がいっせいに落ちてきた。
スチュワーデスの笑顔が電灯の点滅と、急降下でゆがんでみえた。
座席に正座して観音経を唱える婦人の声が霞んでいった。スチュワーデスはいつの間にか消えて、ジャンボ機はインド洋と太平洋のさかいを迷走した。



大海原を越えた機長さんから、直接の機内放送だった。
「お待たせしました。ただ今、困難な気象から脱出しました。晴天の大陸がすぐに足元に見えてまいります。その前に最初に見えてきた島をご覧ください。オーストラリア入り口の、木曜島です。周りを鯨がゆったり泳いで皆様を出迎えていますが、見えますか。もしそれが見えるお客様。お一人様でもいらっしゃいましたら、スチュワーデスまで遠慮なく申し出てください。機長賞を差し上げます」 機長は何かを乗客に伝えたいが素直にそれが出来ないタイプなのだ。冗談を言う余裕が出来て、人にお礼を言いたいのだが、実際にこの航路がどんな困難で怖いことだったかは具体的に言えない。上機嫌だけの、的外れなアナウンスがすべてを物語っていた。それからしっかり地面につながっているバスに乗り換えた。
付き添いの黄色いシャツのおじいさんは
「いよいよ着きましたな。荷物はどうしました」
とも言わず、肝をつぶしたまま黙り込んでいた。バスは空港からの乗客の気持ちを、推し量るように静々と滑り出した。オペラ・ハウスで止まった。帆かけ船をかたどった、大理石の建物で、舞台では毎日進水式騒ぎをしている。でも出帆もなく揺れることもない安心のかたまりだ。ゴリとユカは、劇場のゆれない座席にふかぶかと座ったものだ。地球裏側の冬から出発して、半年も飛び越して今、真夏のシドニーだ。さっきのあれはSF映画のタイム・トンネルに入った時の特別のゆれだった。機中のことが恐怖映画の予告編のようにまた蠢き始めた。外へ出てみると大キノコが胞子を振りまきながら待っていた。
「親指トム」 ど思い出し、ゴリとユカが近づいてみると「なあんだ」
どの街角にもある、煙を吐いている灰皿だった。出勤時間。横を白ワイシャツにネクタイの人が
「東京の灰色紳士」とおなじように地下鉄入り口で、煙みたいに吐き出されたり吸い込まれたりしていた。ディズニーランドの小人やミッキーマウスのような歓迎はないようだ。
木曜島の見えなかった鯨。上陸のときスチュワーデスから振りかけてもらった防疫スプレイと、カンガルーのお祝いのワッペンでお終いだったのだ。でもあのスプレイは新郎新婦にまかれた花びらのようで照れ恥ずかしかった。



何もかも、東京と同じ風景とあきらめそうになったとき、ふたりは派手な看板を見つけた。どう考えてもこれは事故現場か殺害現場の、見取り図だ。犯人の証拠になりそうな足跡と言い、飛び散った原色の血糊と言い、下のほうには青ざめた似顔絵と、名前や日付まで入っている。
おびただしい数の鳥のレントゲン写真が看板を埋めている。
「あら、ここ焼鳥屋さんにしてはしゃれてるわ。民芸品屋さんみたいね。ちょっと、寄り道していかない」 
店員はふたりに似合いそうなエメラルド・ブルーの水着を取り出した。
「何も言ってないのに、どうして分かったのかしら。冬立ちだったので。確かに水着を忘れてきたのよ。このかわいらしい水着海に入ると魚に食べられてしまいそう」 ユカがそう呟くと「イエッ、イーエッ!」 店員は黒い顔の白目を、鏡のカケラのように光らせた。
「いえ、いえ! この水着はお菓子などではございません。本物のイルカの肌が刺繍で埋め込んであります。それがダイバー・スーツになっていて全身をすっぽり包みます。このMR・ディリ・ジェリーズが保障しますよ。このイルカ肌の水着で空を飛んだ人も居るそうな」 ラップでも歌うように話しかけてきた。コアラとインコの絵を描いて
「コアラは抱くとだんだん弱って死んでしまうこともあるんだよ。昼間はユーカリの木の天辺で眠らせておくのが一番。日本の蛍と思えばちょうどいいでしょう。蛍は水辺でそっと眺めるのが風流でしょ。団扇などで叩いて捕まえちゃ、風流が台無しになってしまう。それをここでも守ってくれたら。コアラが水を飲まない訳と、鳥がきれいな色をしているわけを教えてあげる」 ディリ・ジェリースさんの白い歯と、赤い舌で日本語がうまく転がり始めた。
「昔、旱魃のとき村で水を貰えなかったいじめられっ子が居ってのお。村人が狩で留守になった時、その少年はいつもの仕返しに村の水を全部ユーカリの木の上に、運んでしまったそうな。それから『ユーカリがぐんぐん伸びる歌』 を歌って、村人の手が届かないところまで、水を持って行ってしまったそうな。 村人は怒って仲間の魔法使いに仕返しを頼んだそうな。少年は魔法使いに捉まって、高い木の上から地面に投げつけられて潰れてしまったそうな。 しかし、アボリジニの祖霊は少年をコアラにして命を救ったんや。その時から、コアラは意地を張り続け水を飲まなくなったのさ」二人は聞いた。
「じゃコアラを水溜りに、落としてしまったらどうなるの」 ディリさんは
「水ぎらいのコアラが山火事を起こしブッシュの森は、焼け野が原さ。そんなところは今では砂漠になっている」
「それって、今でもコアラが人間に、復讐しているってこと?」 ふたりは、コアラの見方を改めた。
「とげが刺さった小鳩が居ってのォ。鳥なかまたちが看病していると、傷口から光がニジのように吹き出て、鳥たちが今みるような色に染まったのさ。いじめたカラスは黒いまんまだけどね」 ディリさんは一息ついて片目をつむった。
「『蛍こいの歌』 は西海岸のブルームで、真珠とりだった岡山出身の元日本兵のおじいちゃんからよく歌ってもらったのや。「僕は半分日本人」 やっぱそうかと二人は思った。
「僕は土産物屋も、観光案内もするアボリジニさ。いつか日本に行きたいんだ」 と、握手してきた。
「お店の看板はそのとき集まった鳥たちだったのね。光の渦は小鳩の傷口から出てたのね。足跡は犯人カラスの足取りだったのね。サインと顔はディリさんだ。ここが焼鳥屋さんじゃないのはよく分かったわ。これからこの旅先で、どんな不思議に出会ってもディリさんのことは忘れない」 そんな血が通う握手はいままでしたことが無かった。
次の朝、肩に止まった鳥に「昨日ディリさんから聞いたけど、小鳩たちはどうしている」 インコは「わたしたち、人間なんて平気さ。帽子に止まって、糞をしながら餌を貰って食べるけど、過保護でも、我がままでも何でもありません。目の前の物を貪り頂いているだけなのよ。お品ぶっていたら食事にありつけません。それが元気のひけつです。考え込んだり疲れたりするのはカラスと争ったあの時だけで、たくさんよ」
インコは餌を奪いながら、鳴きわめいた。ユカが餌籠に、溢れるほどの小鳥の束を抱え、ゴリの帽子で糞をしたところが写真に写った。二人ともなぜそんなに笑顔で写ったかって? 
それはインコが二人に、こっそり教えてくれたから
「小鳩があそこの砂場で今日も踊っているわ。あの時から小鳩はカラスと反対の純白になれたんですからね。なかまのおかげで助かったあの日のことを、今も噛み締めて踊るんだわ。いつになっても鳥仲間の親切を忘れられないのよ。傷ついた小鳩をいじめてしまったカラスはあの日を忘れたいでしょうけどね」



妖術使いの父さんが三姉妹を、岩にして求婚者の魔物から隠してしまった。怒った魔物から、姿をくらますために物まね鳥になってそのまま人間に戻るのを忘れてしまった。あわてものの父さん。
岩にされて、声も出せない三姉妹のため息があたりに漂っていた。
「父さんは物まねばかりしているうちに自分が誰だったのかも、娘を岩にしたこともきれいさっぱり忘れたのかしら。北側に見える青い山にはいかにも妖術使いや魔物や仙人が住んで居そうだわ」
「ディリさんの。真珠とりのおじいさんもね」
「・・・・」
「いじめられっ子が歌ったという『ユーカリが ぐんぐん伸びる 魔法の歌』 ってやっぱりユーカリを、目一杯褒めたんだろうな。

きみユーカリは凄いやつ
いつでも伸びて
姿を変える
枝や葉の水脈あたりが
風や光でほんのちょっと変っただけで
おいらの望みがすぐ分かり
やすやすとやりとげる
きみユーカリは凄いやつ
伸びたいときにいつでも伸びて 
おいらを天まで運んでくれる

「コアラが今さら思い出せない歌はこんな歌詞だったかもしれないね」 ゴリが言った。
「・・・・」
「人の声色をまねてディジュリドウで歌って聞かせたら、コアラは少年だった頃水がどんなにおいしかったか思い出すかも知れないね」
「そんな事になったら、もうコアラじゃなくなっちゃうよ。元のいじめられっ子に戻ってしまうよ。でも、まっいいかあ」 それからゴリとユカはディリさんの言いつけを破って、気難しくて怒りっぽそうな重い塊をそっと抱いた。
コアラは言った。
「いじめられっ子って何のこと? どこにいたのかな。そんな子。コアラは眠っている今が一番冴えているのさ」 ユーカリのにおいがした。
コアラを抱いた感想は
「こうしてディリさんとの約束を破ってばかりいると、旅が終わらないうちに、自分たちにも魔法をかけられそうだ」 と、言うものだった。



シー・ワールドではヘリ・ポートからヘリが次々吐き出され、縁日のようなにぎわいだ。イルカも参加の縄とびに出かけ、ふたりも舞台に駆け上がる。海と地面と空がびゅんびゅん渦巻く。サーファーや熱気球やダイバーやヘリが輪の中へ吸い込まれる。物と物の境が綱の中で混ざり一つになり、引き裂かれて流れ落ちて飛び散る。一緒に遊んでいるつもりがいつか二人はイルカを追って水の中へ飛び込んだ。そのとき、水着からディリさんらしい声がした。
「ゴリ! ユカさん! 驚いちゃいけないよ。祖霊はいつもそばに居て、その人に一番相応しい物に少しずつ変えているのだよ」 大きな縞模様の波の影がふたりに落ちる。水の中にも、風が吹き昆布の林がゆれる。サンゴ敷きの白い一本道が光りかげる。
「浦島さんの玉手箱の煙も、実はアボリジニの祖霊から乙姫様への贈り物だったんだよ。それを使い回しして難を逃れた乙姫様はオスカー女優賞ものだね。話を戻すけど世界は同じような昔話で繋がってるってことだよ。だから竜宮城はケアンズのサンゴ礁の中にあるんだよ。楽園の思い出を汚さぬように、日本の浦島太郎さんには年取ってもらったんだよ。だって乙姫様はいつだって、子供たち全部を励まさなきゃ、いけない役割だからね。」 ディリさんの泡のような声が消えた。
すると、イルカも故郷を懐かしむように飛び跳ねる。ゴリとユカは稚魚になったように親のイルカの影を一心不乱に追っていた。ユカはイルカの水着に気づいて答えた。
「この水着を着ると産まれたばかりのヒヨコのように頭が空っぽになるのね」
「分かる、わかる。『ただ今変身中につき声を掛けないで』って感じだね」 ゴリは言った。
「イルカのジャンピングも真似してみたい! バンジィー・ジャンプでアボリジニの変身の正体が分かりそう」
ユカはふと思った。
ただ、そう思っただけなのにアボリジニの案内役は「それでは今から始めましょう。日本人は初めてですよ。」ユカは腰から下を手早く人魚のように括られた。ビルの屋上の高さまでクレーンでまっすぐ吊り上げられた。
「ユカが空を錐もみで楽しそうに手をふりながら飛ぶ。それをゴリが手を振りながら、地上でのんびり見物している」ゴリも記念写真でも取るぐらいの気軽さで思い浮かべただけなのに。
「もう遅いふたりはアボロジニの祖霊たちに、見込まれて取り囲まれた。金縛りにあったように身動きできなく固まってしまった」



舞台のアドバルーンが一時間かけて膨らんだところで、マキリの絵画の家庭教師カゼクラ先生が高さ五メートルの脚立の頂上から、舞台めがけて跳びだした。
カゼクラ先生は飛んでいる姿が観客の印象に残るよう、空中に止まって見えるようにと、ストロボの閃光めがけて跳んだ。
ピカーと光った後、大きな音がしただけで暗闇しか見えなかった。結果は大怪我で、カゼクラ先生は会場の中野公会堂から、救急病院へ直行だった。
あの追い詰められた場面と、ユカとゴリの今はそっくりだ。カゼクラ先生はストロボの閃光めがけて飛び込んだ。しかし光は1秒で地球を7まわり半の速さで逃げていく。
カゼクラ先生のもうひとつのパーフォーマンス(イヴェント)は、ジュラルミンのトランクに、先生が足ひれを付けて入って外から鍵をかける。
カゼクラ先生が中から合図したら外の人が鍵を開け。カゼクラ先生が出てきてアドバルーンの中に移る予定だった。合図が聞こえなくて、トランクの中は酸欠になって先生は死にかけた。
ユカにもゴリにも合図はいつまでも出ないし、風の音さえ消えてしまった。
あの時のカゼクラ先生には地球の回る音しか聞こえなかったそうだ。さすが神様とあだ名されていただけの事はある。しかし、すぐそばに地球の支配者人類が二人も居て、言葉というものもあったのに・・。
神様に死ぬ思いをさせてしまった人類なんてどんなに罰当たりだったろう!
このときのカゼクラ先生も、いまのユカとゴリの気持ちとおんなじだ。
風は回り背中を鞭打ち。ユカはもう跳ぶだけ。背中を支えてくれた案内役もすべてをユカにゆだねる。親切そうな慰め言葉はぜんぶ嘘っぱちです。もう自分しかありません。自分という車を運転しているし。意識してそうしてきたはずなのに。バックからくるストロボがまぶしすぎる。視界はどこもかしこも真っ白に飛んでしまって車庫入れができない。このまま日本に帰れなくなる。ユカとゴリが関係なくなる。兄弟でなくなる。落下地点の池の周りでは豆粒のような顔が興味深げに見上げていた。
「釣られた魚がジャンプすりゃ。熱い砂獏でトカゲになった。たぬきや狐の真似して、化けたとしても、行き着く先は認知症の物まね鳥。もとの姿にゃ戻れない」 ユカはうわ言を口走りながら倒れるように跳び出した。
「さっきまで吸っていた人間の息を、思い出せなくなっています。ああ。大陸の祖霊の皆様。お好きなように。おまかせします」 と祈るユカ。
「贅沢は願いません。命だけはとらないで。姉のユカを岩にしてでもいつまでも生かしてやってください」と、ゴリ。
そしてユカは気を失った。ゴリも一瞬、物まね鳥になって、イルカの事しか思い出せない。そのときディリさんの歌声がしてきた。
「イルカや人間にこだわっていると、そのうちとても恐くなる。どちらへもいつでも行けるようにしてること。どちらが得で、どちらが損でもないんだから」 体に巻いたロープが、伸びきって風の音がして再び時が動き始める。
「ゴオーッ」 ユカは無事に地上に戻っていた。二人はいつの間にかイルカ気分から人間に戻っている。ディリさんの声がかすれ飛ぶ。

冬のかなたの夏へ鳥が渡り
冬のかなたの夏へ雲が流れる
そんな大きな乗り物で
大きな旅をしているんだから
おいしい物を後までとっておく子のように
慌てずゆっくり飛びたいものだ

案内役の青年が
「かんぱーい。動物植物、祖霊、皆にかんぱい。ユカさん、ゴリだけの秘密にしておくにはもったいない。すばらしいジャンプでしたね」 ジャンプ証明書を書きながら片目をつむった。
「ユカはあのとき生まれ変わったんだ。海も風も空もわたしも、全部が溶けあって光ったんだもの。それがまた別の知らなかった大きなしずくの命に抱かれてた。それがわたしを守ってくれた。純白の小鳩みたいだけど。いつ付いたのか、おでこの掠り傷から虹の光が吹き出して西の夕空を染めていた」 
「まさしくそれが先祖の教えの全部だよ」 ディリさんが締めくくるように答えた。
ホテルのベランダのタイルをカタツムリが目に見えないほどゆっくり動いていた。
「ユカ。わたしもバンジィー・ジャンプのときの切ない気持ち、知ってます」 アンテナの触覚を伸びるだけ伸ばしている。タイルの肌触りを地球の裏側まで発信するように近づいてきた。そのスピードはジャンボ機より速いような気がふっとした。



世話役のことを本当にみんなが忘れたかけた頃もう旅は終わりに近づいていた。ユカのバンジィ・ジャンプのことは知れわたっていた。なぜかって、ユカに連られて一行の中から二人も跳んでしまったらしい。ルール違反の酔っ払い運転の人もいたらしい。気を失ったユカとしてはその人の気持ちも少しわかった。
夏のシドニー湾を風が吹き渡りかもめが船の周りを渦巻いていた。水面がいま沈もうとする夕日に照り映えていた。
この立体の精気ある風景が突然、印象派の永遠の平面に変わってしまうような気がした。それはそれで何も不自然なことではない様な気がした。
もう決して、このメンバーで出会うことのない、さよなら慰労会が始まっている。山羊足商会の世話役が
「慰労会のつもりがバンジィ・ジャンプを語る会に、なってしまったようです。でも、それはそれでよい旅ではなかったかと、胸を撫で下ろしている次第であります。良い中年おじさん二人とユカさんに
『オーストラリアのマザーグース』 ということで体験談を聞いて見ましょう」
「若返るんだよ。一度やったら癖になるね。今度来たら俺はまたやるね。かならず」 と一人が言えば
「何がおきたか、わからない。酔っ払い運転で起こした一種の事故のようでした。独身の俺にとって自殺行為だったかもしれんが、おかげで欝は吹き飛んでどこにも無いね。ここにいるのはほんとの僕か、教えて貰いたいぐらいなもんだ」 負けじともう一人が言っ放ったものだ。
ユカは強いパンチを食らったように絶句した。もう、あのパフォーマンス(イヴェント)での心配は忘れたいのに。まだこれからも、あの時のフラシュバックが続くとは:。夢の外なのに夢の中みたいな。思い出したくもない行き詰まりのようなところから言葉が沸いて出た。

二週間前に飛び立ったテントウムシは
火事に気づいてお日様めざし
めった開かぬ羽を
背伸びまでして広げ火事場の我が家へ帰るとき
みんなが豆粒となって見上げてた

テントウムシよ また会おう
ユカやゴリよ また会おう
後ろの正面 誰あれ

「確かに飛んでいたね、ぼくも。」 ゴリは自分に言って肯いた。
世話役は
「ここに誠に、的を得ない三者三様の感想そのものがナーサリー・ライム発生現場という訳であります。それに偶然立ち会えるのも何かの・・偶然の・・有意義であり。山羊足商会としても面目躍如の感があります」
と、無理やり締めくくった。それから付き添い役の黄色いシャツのおじいさんが預けていったという手紙を二人に渡してくれた。
ユカ・ゴリ様へ 付き添いの黄色シャツより
ゴールド・コーストまで二人はとてもよくできました。今じいちゃんはケアンズの娘のところへ急いでいます。ディリさんのおじいちゃんの事も調べは付いていますよ。
「日本から潜水艦でシドニー港まで攻めこんで捕まったがその快挙にオーストラリアは敬意を持って迎えた。」 とありました。第一日目の朝、シドニーの戦争記念館に行ってそのことを知りました。確かに浦島さんのような人ですね。日本人はシドニーから出発してケアンズの竜宮城を目指したがるようです。娘も確かにそうでした。気をつけて残りの旅をたのしんでください。
さよなら、また新宿の本屋さんの二階であいましょう。
追伸 
これ以上、アボリジニを真似て変身しようとしてはなりません。
命がいくらあっても。身が持ちませんからね。間違えてもバンジィ・ジャンプだけはしないでください。いくらあっても。身が持ちませんからね。      
じゃー、また日本で

世話役は手紙の中身を知っているらしく困ったように片目をつむった。船が湾を一周して振り出しに戻るとあたりは暗闇に包まれていた。

10

ディリさんはニジ蛇模様の派手な甚平さんを着て待っていた。
「近いうちおじいちゃんの故郷日本に留学します」 お土産はユーカリの樹液で作った石鹸にした。コアラのミルクとおなじ匂い、カラスにいじめられた小鳩が吐き出した、鮮やかな七色を秘めた石けん。
カゼクラ先生にも
「バンジージャンプ、とても怖かったよ」 と言って渡したら、
「方法は媒体を選ばない」 受け取りながら難しいことを云ったが
「アボリジニの祖霊は人間や動物を選ばないで変身させる」 ことを、カゼクラ先生流に言っているのだと思った。
父さんにも、みやげ話のコアラをこっそり抱いたところで、タイミングよく渡したっけ。
家ではもうとっくに使い切ってしまったイルカ印の石けん。
水着も今では小さくて着られなくなり、思い出のシャボン玉だけがいつの間にかアドバルーンのように胸の暗闇に浮かんでいた。

(2009・9・3)